• 16 / 372 ページ

第二章 夏至の山茶花

 それは、残酷なほど優しい腕の中。

 ――結ばれてはならないとは分かっている。それでも、交わってしまったこの運命が恨めしい。きっと不幸にしてしまうし、きっと不幸な事が起こってしまうはずなのに……それでも傍に居たいと願ってしまう俺を許してくれますか?

 声は聞こえない。
 しかし、言葉は確かに、伝わってくる。

 ――いや……仮令君が許してくれたとしても……。

「ねえ」
 おぼろげな夢は、絶叫に変わる。
 その声は狭い室内に響き渡り、机の上の硬貨は音を立てて踊る。
 破壊的な力を帯びた声の不意打ちに、薄茶色い人影は頭蓋骨が痺れるのを感じた。
「だ、誰ですかあ!」
 寝台に突っ伏していた女は飛び起きて寝台の上に跳ね上がる。
「もー、何回呼んでも出てこないのが悪いんだよ」
 茶色い人影は呆れた様に、しかし、酷く同情的に、頭を押さえながら寝台の上に逃げた女を見ていた。
「だ、だから」
「時間になっても来ないから、青鬼さんに呼んで来いって言われてきたんだよ」
「あ、青鬼……」
「じゃ、外で待ってるから、さっさと着替えて」
 薄茶色の人影は名乗る事の無いまま、部屋を出て行った。

更新日:2017-05-31 00:16:57

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook