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プロローグ




 大切なモノってなんだろう。

 大切なモノって、色々あると思う。
友人とか。恋人とか。あるいは家族とか。
どうしても人間関係ばかり想像される”大切なモノ”。
でもなんでかな。そこに自分がいない気がするのは。

「僕の大切なモノは僕自身です」

って、胸を張って言える人間を、僕は少しも想像出来ないんだ。


 じゃあ試しに、大切なモノって言い方を変えて、
大事って言葉に置き換えたらどうなるかな。
かけがえのないものって置き換えたら?
あるいは、あるいは……。

 僕が僕自身を誇るために必要な言葉がどこにも見つからない。
しっくりこない。
誰が僕を肯定してくれるんだろう。
誰が僕を見てくれているんだろう。

 僕がここまで生きてこれたのは、僕に関わった全ての人のおかげだと、教わった。
そう。そんな事知っている。でも、僕自身が感得したわけじゃない。
僕自身には全くその実感なく、そういうイメージを押し付けられた。
僕にとってかけがえのない過去、経験、それらの積み重ねで生まれた僕自身。
それらは「大事にせねばならない」という教えによって、今なお支えられているようで、
僕は無性に泣きたくなった。

「僕の大切なモノは僕から生まれたモノではありません」

呟くと、なんだか自暴自棄になれそうな気がした。
あくまで、気がしただけ。
でも、その感情が自分にとって、「大切なのかどうか」がわからない。
どうしようもない自殺衝動が「大切なのかどうか」わからない。

 鉄柵に足をかける。
乗り越える。
そうして、眼下に広がる、僕なんか知らない、けれども僕を生かす、
偉大な地球の、偉大な人類の、煌びやかな都市が見える。
僕を知らないけれど、僕がここまで生きるのに多少なりとも関与した、
あるいは全く関係は無かったけれど、僕と同じように育てられ、育ち、学び、
生きている人たちの煌めきが見える。
輝いている。

――眩し過ぎる。

呟くと、涙が零れ落ちた。
僕の代わりに投身自殺した水滴は、あっという間に見えなくなった。
きっと地面につく頃には跡形もなくなっている。
そしてそれは、誰にも気づかれない。
そう、誰もそんなこと気にかけない。

 誰かに与えられた恐怖で僕は、僕なんかには、自殺が出来ない事を確かめる。
『僕は臆病者だ』
『自殺する勇気も無い、ただの怖がりだ』
息苦しくなって、胸元のボタンをひとつ外す。
どうしてこんなに苦しい物をつけていたのだろうかと、不思議に思って、
二つ目のボタンを外す。けれど、これ以上呼吸は楽にならない。

外して楽になるのは一つ目だけで、二つ目以降はただの惰性。

三つ目を外しながらそんなことを思う。


「教えてくれ。この気持ちは大切なのか?抱きしめて生きていかなければならないのか?
 僕はこの先ずっと、こんな気持ちのまま生きていかなければならないのか?
 本当にそれが大切な事なのか?」

街明かりのせいでろくに見えもしない星空を仰ぎ見る。

「僕は一体、なんのために”生まれさせられた”?」

答える声は、どこにもなかった。

更新日:2017-05-15 11:14:48

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