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(4)やっと重なり合った2人の風景

 宏太は相変わらず悶々とした日々を送っていた。大学を出てから10年間住んでいたアパートを引き払い、両親の家に戻ってきていた。実際のところ家賃負担にも耐えらなくなったのが、宏太が実家に身を寄せることになった大きな理由の一つだった。事務所も解雇されてから、宏太には定期的な収入の道も閉ざされていた。

 元々さほどの蓄財もなかった宏太は、とにかく働いて現金収入の道を確保しなければならなかった。32歳の大学卒業後バンド活動しか経験のない宏太を、積極的に活用してみようと考えるところは何処にもなかった。もっとも事故の後遺症でギターが弾けなくなっていなかったら、音楽講師の道もあったかもしれなかった。

 だがそのことは宏太を中途半端な状態に追い込むだけで、宏太自身が余計にストレスを溜め込むことになることは明白だった。とにかくバンド活動をやってきた経験や世界とは無縁の場所で働いていくことを、宏太は望んだ。宏太はサラリーマンをやるなら、どんな業種であろうと大差ないと考えていた。

 勿論実社会で働いたことのない宏太が安易に考えているだけで、実際には一口にサラリーマンといっても業種によってはかなり違いあることは容易に想像できた。まあそれだけ宏太が、こと職を探すということに熱心でなかったことの裏返しということだった。そんな風に宏太はまるで他人事のように、ある意味冷静に自分の置かれている状況を考えていた。

 それにしても目の前からやるべきことがなくなるということが、これほど身動きがとれない自分に追い込んでいくのかということを宏太は生身で感じていた。そして更に何をしてもダメな時というものがあることも、実体験として受け止めていた。今の宏太を取り囲んでいる全てのものが、宏太をダメな方へと送り込んでいるようにさえ感じていた。

 宏太は自分でやれないことばかりと向き合わされてきた。それはギターを弾きながらバンド活動を続けていくことであり、父親の設計事務所を継がないことであり、それらはいずれも宏太がどうにも出来ない事柄ばかりだった。やれないことばかりを考えていたら、何となく前向きなやりたいことさえほとんど縁遠いことのようにも思えてきていた。

 実際宏太にさほどの余裕もある意味残っているとは言えなかった。一刻も早く自分が納得してやっていけることを探し出す必要に迫られていた。それなのに宏太の頭の中では、相変わらず夏海の姿が大きくなったままだった。

折角10年ぶりに再会できたというのにしかも幼なじみの時と同様に、宏太が家に戻ってきたことにより隣どうしで住むこととなったのに夏海は家を出ていくという。宏太はそれまでにはない新たな夏海を見つけたと思っていた。もともと身近にずっといた訳でもないのに、何でこれほど夏海が自分の前から姿を消すということがこれほど気になるのか宏太自身も不思議でならなかった。

宏太にとって夏海の存在とは一体どんなものなのだろうか、自分の身の処し方よりも先にそればかりを宏太は考えていた。何しろいつかは分からなかったが、夏海が隣の家から出ていくことが決まっていたからだった。10年ぶりに再会した夏海は両親に先立たれ、独りぼっちになっていた。単純にそれが不憫だと想って宏太は、夏海の傍らにいたい或いはいてあげたいと考えていた訳でなかった。それほど自分自身の存在を買いかぶっているということはなかった。

更新日:2017-04-30 13:40:52

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