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小説

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(4)別れも突然に

 保奈美は毎晩、今まで書き溜めていたスケッチブックを見直すのが日課だった。そしてその日課が少しだけ変わったのは、高校時代に想いを寄せていた修平と近所の公園にあるレモンの木の下で偶然再会した時からだった。今保奈美は古びた大学ノートばかりを見直していた。

 その大学ノートは高校時代にいつも机の上に広げていたノートだった。授業中も休み時間中も、いつも保奈美はそのノートの空いたスペースに目に映るものを描いていた。そして時おりそんなノートの中に、窓辺から校舎の外を眺めている男の子が描かれているページが出てきていた。

 そのノートに描かれていた男の子は、高校生の修平だった。高校生時代の保奈美も修平も休み時間であっても、ほとんど自分の席を離れることはなかった。修平も保奈美も教室の窓からぼんやりと外の風景を眺めていることが好きだった。少なくとも保奈美には修平も好きだったと思えていた。

 だがある時から保奈美のノートに、修平の後ろ姿が描かれるようになっていた。勿論保奈美が密かに修平に想いを寄せていたからだった。勿論高校時代にそんな保奈美の気持ちを修平に伝えたことなど一度たりともなかった。

 厳密に言うとたった一度だけ保奈美は、間接的に修平への想いを伝えたことがあった。保奈美がいよいよ高校を中退することが決まりかけていたある日、修平が3日だけ学校を休んだことがあった。修平が休んでいる時の授業について、日頃はノートなど取ったこともなかった保奈美が熱心にノートを取った。

 勿論目的は休んでいた時の授業内容を、修平に教えてあげるためだった。保奈美は家に帰るとその日1日の授業内容を、別の修平用のノートにすべて転記した。保奈美はそのノートを朝一番に登校して、教室内の修平の机の中にそっと忍び込ませた。

 修平が学校へ姿を現した4日目の朝、隣の席で修平が保奈美のノートを見ている様子を保奈美は息を凝らして伺った。修平はそのノートに日付と時間が書き込まれていたので、すぐに自分が休んでいる間の授業のノートであることが分かったみたいだった。

 修平からの表立った反応は、何一つなかった。誰かにノートを置いてくれた人を知らないか確認することもなかった。勿論保奈美が自分の名前をノートに記すことなど考えもしなかった。でもいつも自分のノートに描いていた修平の後ろ姿の絵を、その日の最後の授業のページの余白に保奈美は描いていた。

 保奈美は今、修平と同じ風景を眺めることが出来ていることに素直に幸せを感じていた。自分でもこんな時間が待っていることなど、修平への切ない想いを胸に秘めたまま高校を中退した時には思ってもいなかった。だがそれと同時に、今修平が自分の進むべき道を見失っていたことが気になっていた。

 たまたま優等生の修平がほんの少しだけ立ち止まった時に、偶然保奈美が傍にいただけなのかもしれない。きっとそれに違いない。ふと手にした自由過ぎる時間の中で何に夢中になったらいいのか、それさえ修平は分からないでいたのだ。だからいつの日かまた修平が自分の進むべき道を見つけ出したら、きっとその時には保奈美は邪魔な存在になるかもしれない。

更新日:2017-04-19 17:23:35

★【91】レモンの木の下で(原稿用紙100枚)