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小説

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(3)ノーマンロックウェル美術館へ

 保奈美は自分が修平にしていることを、どう受け止めたらいいのかそればかりをずっと考えていた。29歳になるまで保奈美は、全てに対して必死だった。自分の力だけで生きていく重みとずっと戦ってきていた。その中で自分がやり続けたいと考えていた絵を描くということから逃れることは、決してなかった。

 保奈美は高校を中退した時に、自分は大きな石ころにぶつかって転んだとずっと考えていた。だからすぐにでも倒れていないで立ち上がらなければならないと、保奈美はいつの時も自分自身に励ましの言葉を送り続けてきた。身の丈以上に大きくステップしようとした保奈美は、現実の壁の厚さにあっさりと打ちのめされた。

 そのことをはっきり意識した時から保奈美は、小さな成功というか自分の出来ることを一つまた一つと積み重ねていくことに集中した。そんな中アルバイトで貯めたお金をすべて投入して通った専門学校で基本的な絵を描くことを学んでいたことは、今も絵を描き続けていることに繋がっていた。

 保奈美の周囲には常に否定的な言葉を保奈美に浴びせかける連中たちが保奈美を取り囲んでいた。そんな中で常に自分をポジティブに保ちながら、保奈美は一歩ずつ先へ進んできていた。そのことは自信などいう言葉を持ち合わせていなかった保奈美にとって、とても難しいことだった。

 保奈美は自立した時から29歳の今に至るまで、弱い自分を守るために幾つかの鉄格子を保奈美は気がついたら築き上げていた。その鉄格子の中に自分が周囲からそれなりに認められるまでは、絵を描くこと以外に夢中にならないことがあった。当然その結果として保奈美が想いを寄せる対象となるべき男性(ひと)など現れることはなかった。

 結果として保奈美の中で想いを寄せた男性(ひと)は、高校時代に保奈美の横の席に座っていた修平だけだった。そんな修平に何と自分が描きたいと考えていたレモンの木の下で、保奈美は巡り合うことができたのだ。偶然などという言葉で簡単に表現できるほどの再会ではなかった。

 保奈美にとっては運命の再会だった。今修平の姿を前にして、保奈美は絵を描くこと以外に夢中にならないこという重たい鉄格子を思いきり開け放とうとしていた。久し振りに再会した保奈美は、自分が修平の前でまるで高校時代の自分のままで立てることに不思議な感覚を覚えていた。

 高校時代にどうせいつかは飛び出して行くはずだと勝手に思い込んでいた保奈美は、周囲から無邪気な人間だと見られていた。もっとも無邪気だったことに間違いはなかったが、それは高校に残らないからが先にあったのか、無邪気だったからこそ高校に残れなかったのかは、少なくとも保奈美の中でははっきりしていなかった。

 保奈美は高校時代から同じ年齢の修平に対して、無邪気な言動を繰り返していた。勿論優等生だった修平にとっては、そんな保奈美の言動は迷惑以外の何ものでもなかったはずだった。クラス中の誰もが天衣無縫に振舞っていた保奈美のことを、冷たい視線で眺めていた。だが修平だけは違っていた。

 修平は保奈美に積極的に話をしてくることなど一切なかった。だがクラス他の連中とは違って、保奈美の天衣無縫の言動に直面するたびににこやかな笑顔を浮かべていたのだ。ただ素敵な笑みを浮かべながら、優しげな眼差しを修平は保奈美に送ってくれていたのだった。

 保奈美にとって高校時代から特別な存在だった修平に、偶然にも再会した。しかしその再会した修平の眼差しから光り輝くものは、残念ながら消え去っていた。勿論高校時代と同じ初々しい眼差しが残っているとは思わないが、それでも修平の目元には生気など一切見受けられなかった。

更新日:2017-04-19 17:17:58

★【91】レモンの木の下で(原稿用紙100枚)