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 55 やから⑦ 


昴胤が翔んだ。一の蹴りで拳銃が飛び、二の蹴りで男が壁に激突した。弾丸は雄大の頭の横を通過して壁に突き刺さった。雄大はその事に気づかず三人目に取りかかっていた。昴胤が残りの3人を倒した。

 年配の男が一人残った。

「お、お、お、お前ら、な、何者 - - - ?」

 年配の男が、震えながら声を絞り出した。

「東京から来た、ただの観光客だよ」

 昴胤が笑いながら言った。

「おいおい、俺たちを招待しておいてこのざまはいったいどういうことになってんだい。きっちり納得いくよう説明してもらおうじゃねえか」

 雄大が凄んだ。

「ま、間違いです。何かの間違いです」

 年配の男が座り込んで手を擦り合わせた。

「間違いだとコラ!?」

「か、か、勘弁してください。この通りです」

 泣きそうな顔をしている。

「そうはいくか。兄貴がいなかったら、俺ははじかれてたんだぜ」

 雄大は気づいていた。

「な、なんでも言うことを聴きます! お、お願いします!」

 最初に見せた横柄な態度は微塵もなかった。ただのあわれな年寄りだった。

「お宅が親分さん?」

 昴胤が訊いた。

「そ、そうです」

「親分がこんなくだらねえことに首をつっこむから、抜き差しならねえことになるんじゃねえか。バッカじゃねえの」

 雄大が言った。

「な、な、な、なんでも」

「なんでも言うことを聞くんだな。じゃ、一つ貸しにしとくぜ。必ず回収に来る。そんときゃ知らねえとは言わせねえぞ」

 年配の男を睨み付けて雄大が言った。仕上げとして名刺に一筆書かせて事務所をあとにした。

「それからな、【標章】のある店に出入りするんじゃねえぞ。特にさっき俺たちが居た店だ。見せしめで襲撃したら、ただじゃおかない」

 最後に昂胤が言った。

「わ、わ、わ、わかりました」

 事務所を出て、飲みなおそうということになった。

「ホテルで飲むか」

 昴胤の提案でホテルで飲むことにした。

 梅田の真ん中に《大阪丸ビル》というのがある。文字どおり、ビルそのものが円筒になっている。そしてそのビルの30階に、ダイニングバーがある。昴胤は、そこに雄大を連れて行った。

「兄貴、さっきは命拾いしました。ありがとうこざいました」

 とりあえずビールで乾杯した後、雄大が殊勝なことを言った。

「雄大、俺もまいったぜ。ポケットの小石の残数を把握できてなかった。初めてだ」

 昴胤は、猛省していた。あの男が拳銃を打ちなれていたなら、二人とも殺られていたかもしれない。

「兄貴、無理ないっすよ。相手は素人なんすから。素人相手にそこまで神経使うヤツなんていませんよ」

「素人じゃないだろ。あいつら、現役だぜ」

「ダメっすよ。兄貴にかかったら現役なんて素人以外の何者でもないっす」

 雄大が言ったが、昴胤は納得していなかった。

「時間、ムダにしたな」

 昴胤が呟いた。

「兄貴。ところで、【標章】ってなんのことっすか」

 雄大は気になっていた。

「おまえ、知らないのか。そういえば東京じゃ見かけないかもな」

「俺は、見たことねえっす」

「【標章】ってのはな、暴力団立ち入りち禁止って意思表示さ。さっきのあの店は、暴排運動に協力している勇気ある善良なる市民ってことだ」

「あのママ、一歩も引かなかったっすね」

「ああ。たいした度胸だ」

「俺、惚れちゃいそうっす」

「バーカ。相手にされるか」

「兄貴!」

 雄大が怒って見せた。昂胤と二人で過ごせて、嬉しくてしかたがなかった。






更新日:2017-06-02 12:16:56

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❸「ダルマは哭いた」》