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 37 周 ⑧


「蜘蛛がいました」

「え、ユーちゃん、蜘蛛が怖いの?」

「違う。雄大違う。蜘蛛嫌いはボスです」

 周が夕実を見て言った。

「えっ、所長なの!?」

 夕実は、一瞬呼吸が止まった。

 あの所長が蜘蛛嫌い?

 それも、悲鳴をあげて飛び上がるほどの?

 夕実は周と目が合った。

「ぷーっ!」

 二人同時に吹き出した。

「笑えますね!」

「ダメーっ!」

「何が?」

「笑っちゃダメーっ! ぷーっ!」

 昴胤にそんな弱点があるとは思いもよらなかった。ダメと言いながら想像してしまい、夕実は笑いが止まらなかった。

 ひとしきり笑って夕実が大きく息をはいた。

「周ちゃん、お寺見つかった?」

 目元をハンカチで押さえながら夕実が訊ねた。

「あー、腹痛いです。候補はいくつかあります」

「でも周ちゃん、所長の悪口言っちゃダメじゃない。言いつけるわよ」

 まだ笑っている周に夕実が言った。

「悪口違います。ボス、隠していないです」

 たしかにそうだ。常に生と死の境界を生きてきた昂胤には、裏表がない。それは夕実もわかっていた。昂胤はウソをつかないし駆け引きもしない。昂胤のいないところで周と二人で嗤ったことを、夕実は恥じた。ごめんなさいと所長に心でわびた。

「で、候補は何軒くらいあったの?」

 話題を戻した。

「8軒です。でも、どれも決め手ないです」 

「うわ~。周ちゃん多すぎ」

「夕実ちゃん、今からパソコンに送ります。見てください」

「オッケー♪」

 周は、コーヒーカップを持って席に戻った。

「送りました」

 夕実も席に戻った。周が選んだ8寺を調べた。どれも年代的には合っている。

 達磨大師は、地図を5枚に分けて作成し、崇山少林寺と白馬寺に1枚づつ委託し、後の3枚は、3人の弟子、慧可(エカ)、曇林(ドンリン)、そして法道(ホンド)に委託した。

 3人は、布教のため、高句麗(コクリョ)、 新羅(シルラ)、百済(クダラ)へと渡った。

 百済に渡った法道は、百済が新羅に侵攻されたとき日本に逃がれ、日本で布教を始めた。どういういきさつか不明だが、山中に地図を埋蔵した。この一枚は入手済み。

 高句麗に渡った方は、京畿道(キョンギド)の伝灯寺(チョンドゥンサ)か江原道(カンウォンド)の信興寺(シンギョウジ)。新羅に渡った方は、慶尚道(キョンサンド)の祗林寺(キリムサ)か浮石寺(フソクサ)で布教したもの、と夕実は年代と地域から割り出した。

 これで周が選んだ8寺のうちの4寺まで絞り込めた。あとは現地で確認するしかない。



更新日:2017-05-27 12:12:24

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❸「ダルマは哭いた」》