• 29 / 274 ページ
 

 29また中国へ⑧



「そやつらをどうしたのじゃ」

「逃がしてやりました」

「うむ。それでよい。で、その賊は、皮革製の地図とはっきり言ったのじゃな」

 話した後で道宣に訊かれた。

「はい。はっきり言いました。でも、そいつらは何も知りません。王英というマフィアに地図を奪うように頼まれたと言ってました」

「マフィア?」

「はい。王英はマフィアの幹部です」

「なぜかのう - - -」

「とおっしゃいますと?」

「マフィアはなぜ人を雇ったのじゃ。自分たちでやったほうがてっとり早いじゃろうに。人ならいくらでもいるはずじゃが」

 道宣に言われてみれば、たしかにその通りだ。昴胤に通訳した。昴胤もその点が気になっていた。

「地図はあと2枚です。道宣館長、お心当たり、ありませんか」

 昴胤が、話題を戻して言った。周が通訳した。

「あと2枚 - - - 。伝説通りとするなら、財宝を隠密裏に処理するのは達磨大師一人ではとても無理じゃ - - - 」

 道宣が考えながら話し始めた。

「地図を5枚に分割して保存する発想は達磨大師かもしれんが、それを実際に描いたのは誰か」

 昴胤たちは、道宣を注視している。

「達磨大師には、慧可(エカ)と曇林(ドンリン)、それに法道(ホンド)という三人の愛弟子がいたのじゃ。あるいはその三人と共に、この一連の大偉業を成しとげたのかも知れぬな」

 道宣が自分の髭をなでながら、周を見て言った。

「つまり、あと2枚はその愛弟子が持っていると?」

 周が訊いた。

「一枚がなぜ日本にあったのか。それさえわかれば、残りの地図のありかがわかりそうな気がするのじゃが」

 道宣の言葉を逐一周が通訳している。

 また何かわかれば報せてくれるように頼み、賊が現れたことで身辺にかたがた注意をしてくれと伝え、昴胤たちは崇山少林寺を辞した。

 運転は雄大。クルマを発車させてすぐに口を開いた。

「もしかしたら、組織を通さず、王英が小遣い稼ぎをしようとしたのじゃねえかなあ。ときどきいるんすよ、そういうヤツが」

 雄大の先輩に小遣い稼ぎをしようとしてバレた男がいたらしい。

「どうなった、そいつ」

 周が訊いた。

「右手首を切り落とされて回状持ちよ」

「カイジョウモチ?」

 回状とは、全国のヤクザにまわされる通知状のことで、これをされると、全国どこに行こうが業界では相手にされない。人間扱いされないのだ。

 雄大が説明した。

「小遣い稼ぎをしようとしたなら、組織でも知らない情報を王英個人ががどうやって入手したのか、だな。そして、どこまで知っているのか」

 昴胤が言った。

「次にどう出るか」

 周が続けた。

「個人でできることはしれてる。資金が続かねえからな」

 雄大が言った。

「すると?」

 周が雄大に訊いた。

「今手に入れたような顔をして、上に報告するのじゃねえか」

 雄大が言った。

「王英が持っている情報の質によるな」

 昴胤が言った。情報をどこまで掴んでいるかによって、変わってくる。たいして知らなければ、組織に情報を流すかもしれない。だが、伝説を知っていれば一人占めを狙いかねない。

「いずれにしても、王英を捕まえることだ。それも早急にな」

 昴胤が言った。

「童猛。王英を知っているって言ったな」

 周が言った。

「知ってまっシ。仕事頼まれたことありまっシ」

「何だと! 本当か?」

「一度だけっシ。支払いがきたねっシから、もうつきあっちゃいねっシ」

 顔が判別できればそれでいい。王英探しは童猛に頼もう。

「童猛。王英を拐うぞ」

 周が童猛に言った。

「なら、俺っちに任せてくれッシ」

 童猛が言った。

「童威に言って、子分たちに探させるっシ」

「大丈夫か、おまえの子分だけで」

 周が言ったが、童猛は「任せてくれっシ」と胸をたたいた。


更新日:2017-05-27 10:52:42

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

《田川昂胤(こういん)探偵事務所❸「ダルマは哭いた」》