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峨眉山


 103 峨眉山①


 東京。

 田川昴胤探偵事務所。

「夕実ちゃん、それは?」

 夕実が机に広げているものを見て、雄大が言った。

 男三人が事務所に顔を出したのは一週間ぶりだった。

 雄大と周は、昴胤の山籠りに初めて参加させてもらったのだ。過酷な訓練を無事に終えた満足感が、二人の心を満たしていた。

 だが、さすがに昴胤と同じメニューをこなすのは無理があった。

 昴胤は死線の向こう側まで行くが、二人はその手前で戻る。初日に周が無理をして死線を越えたが、失神したままその日は一日、目を覚まさなかった。だから昴胤が二人の死線越えを禁止した。

 その代わり課したのは、目隠しをしての乱取りだ。視覚を一切使わず、相手の《気》だけでとらえるのだ。これは視線越えに劣らず熾烈だった。

 だが、死線ぎりぎりのところでの一週間の訓練は、確実に二人を大きくした。

「あ、お帰りなさ~い!」

 顔にパッと喜びの色を浮かべ作業中の手を止めて夕実が言った。机の上には大きな紙面が広げてあった。

「もしかして、例の地図?」

 雄大が夕実に訊いた。

「まだわかんないんだけど」

 そう言いながら、夕実は湯沸かし室に立った。

「みなさん、おつかれさまでした~。コーヒー淹れるわね」

 雄大は、夕実の机の前に立って地図を眺めた。昴胤と周は応接室に入った。

「なんじゃこりゃ」

 雄大が見たのは、小さな島に打ち寄せる波のような線引き模様が一面に描いてあるだけの紙面だ。あちこちに記号が書いてある。

「だから、まだわかんないんだって」

 湯沸かし室から夕実が答える。雄大には、この地図の意味がさっぱりわからない。

「ありゃ何なんすか」

 応接室に入ってきた雄大が言う。



更新日:2017-07-13 21:36:17

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❸「ダルマは哭いた」》