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10 依頼⑥

「所長。チケットの手配ができました。フライトは、明後日、午前10時ちょうど。 鄭州国際空港まで羽田から直通便が開通しています。6時間ほどです。空港から崇山少林寺までは100kmぐらいです。バスがありますが、空港でクルマを借りたほうがいいと思います」

 夕実が報告に来た。さすがに手早い。

「サンクス、夕実」

 昴胤が夕実に言った。

 周が昴胤を見た。

「私、許されたのですか」

 上目使いに遠慮がちに周が言った。

「許すも許さないもないだろ。おまえがいたから少林寺の線が浮かんだのだから」

「ありがとうございます! 私、運転します! ナビゲーターします。通訳もまかせてください」

 顔を輝かせて周が言った。

「良かったな、周。だが、まだわかんねえぞ。少林寺で何も解決できなかったら、そのまま置いてかれるかんな」

 言った雄大の目がうらやましそうだった。

 雄大が昴胤のほうを向いた。

「兄貴。米吉さんが」

 雄大が言いかけたら、自席に戻った夕実が叫んだ。

「こらぁ雄大っ! 誰が兄貴だっ!」

「あ!」

 雄大があわてて口に手を当てたが、遅い。

「わかったよ」

 雄大が舌を鳴らした。昴胤は笑っていたが、周は驚いていた。

「所長。米吉さんとこに行かなくていいんすかねえ」

 声だかに雄大が言った。あきらかに夕実を意識していた。

「見舞いか?」

 昴胤。

「それもあるんすけど - - - - 」

 雄大が語尾を濁した。

「契約の心配か」

 もし米吉が亡くなれば、依頼は消滅するのか。米吉の命がつきたらそこで依頼も終わるのか。これは、相続対象外なのか。

 だが昴胤は、いったん依頼を受けた以上、依頼主から依頼の取り消しがない限り最後までまっとうするのが筋だと思っていた。それが昴胤の流儀だった。

「米吉さんの依頼を受けたのはお前だ。どうするか自分で決めろ」

 昴胤が雄大に言った。

「そんなこと言われたって - - -」

 雄大が煮え切らない。

「お前はどうしたいのだ」

 昴胤が雄大に訊いた。

「そりゃ、乗り掛かった船っすから。爺さんに頼まれたのは俺っすから」

 雄大が言った。

「なら、ウジウジ言ってないで最後までやらないかっ!」

 昴胤が一喝した。

「オッス !!」

 雄大の気合いが入った。

「よーし。そうと決まったら、今夜は周の歓迎会だ!」

 昴胤が言うとすかさず雄大が破顔して言った。

「やった! 兄貴、ありがとうございます!」

「ボス、ありがとうございます!」

 周も続けた。夕実は、「兄貴」と言った雄大に小言を言うべきかどうか一瞬迷ったが、首を二~三度小さく振っただけだった。


更新日:2017-04-12 13:15:15

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❸「ダルマは哭いた」》