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崇山少林寺

1 崇山少林寺①


「ボス、食事しますか」

 もともと寡黙な周(ジョウ)はひたすら運転に集中していたが、1時間ほど走ったころ声をかけてきた。もうすぐ6時だ。

 空港でレンタカーを手配したのは周だ。崇山少林寺までクルマで走ることにしたからだ。昴胤(コウイン)は中国語がまるきりダメなので、周の存在がありがたかった。

 成田空港から中国鄭州新鄭国際空港まで、夕実が言ったように6時間のフライトだった。

 夕実は、秘書検定一級、英検一級を有する昴胤探偵事務所紅一点のスタッフだ。

 定刻より少し遅れた10時08分発のフライトで、昼に簡単な機内食を摂っただけだ。たしかに腹が減っていた。

「ああ。お前に任せるよ」

 昴胤は、食べるものに好き嫌いがない。そんな贅沢ができるような生活をしてこなかった。今日のメシが喰えるかどうかの世界だ。

 食堂は、それからいくらも走らないうちに見つかった。建物は大きくなかったが、駐車場が広かった。周は、そこにクルマを入れた。

 食事を済ませて外に出ると、レンタカーの傍に数人の人だかりがあった。たいして気にもとめずに近寄ると、その人だかりに囲まれた。

「◯◯Δ※!」

 スキンヘッドで一番背の高い髭面の男が早口で言った。顔にけんがあった。周が何か言い返そうとしたが、その男が最後まで言わせなかった。

「◯Δ※◯Δ※!」

 男がまくしたてた。

「周、どうしたと言うんだ」

 昴胤が訊いた。

「因縁つけています。ここ俺たちの場所、言ってます」

 スキンヘッドが、周の首に手をのばした。伸ばした手を周が手刀で払った瞬間、この場に緊張が走った。男たちは、サッと腰を落とし、それぞれ独自のファィティングポーズをとった。

 それなりの武術の心得があるようだ。男は全部で5人。だが、昴胤が見たところ、個々の腕はスキンヘッド以外は周の相手ではない。

 昴胤は、様子を見ることにした。周は、クルマを背にし、男たちに半円に囲まれている。昴胤は、少し離れた所で見ていた。

 スキンヘッドが男たちの輪から一歩下がった。同時に、男たちがスッと前に出た。連携に慣れているようだ。

 周の左側の男が一歩前に進み出た。周がそちらに気をとられた瞬間、右側の男が跳んだ。周は間一髪でその蹴りをかわしたが、体勢を崩してしまった。すかさず左側の男が蹴りを出してきた。避けきれず、急所をはずすように体をひねって受けたとたんに正面の男が迫った。

周はステップし、自らその男の懐に入ると、ハイッと気合いを発して腕を突きだし男の鳩尾(ミゾオチ)を突いた。男はうっと呻(ウメ)き声をたてて吹っ飛んだ。

その瞬間、左にいた男に放った鋭い回し蹴りが男のテンプルに命中し、男をなぎ倒した。そのとき周に飛びかかった男を軽々とかわし、腰を落とすと、開いた掌(テノヒラ)で男の胸を突いた。さほどスピードがあるとも思えない突きに男は飛んだ。



更新日:2018-03-01 19:09:21

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❸「ダルマは哭いた」》