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暗闇

客とほとんど同じ目線の畳の舞台に、ふんどし一枚の裸で後ろ手に縛られた老人が胡座を掻いて座らせられていた。
目隠しをされた顔はその白髪半分の頭と肋骨の浮き出た腹部、腰のふんどしの脇から出た太ももの肉の緩みから相応の老人であることが推察できた。
舞台だけに当てられた照明は柔らかな色で老人を浮き上がらせていた。
目隠しをされた嘉蔵には客席を確認する術はなかったが、いつものように大方の雰囲気は想像できる。
傍らの男が嘉蔵を足蹴にすると、たまらず嘉蔵はそのまま後ろ向きに倒れた。
そこには座布団が衝撃を和らげるように用意されていたが、嘉蔵の腕周りに苦痛が走る。
「ううう・・」
声を殺して痛みに耐える。たとえ声を出そうがそれは何の助けにもならないのはよくわかっていた。
仰向けに倒れたはずみに腰のふんどしは前垂れがめくれて中心の膨らみが露わになる。
そしていつものように焦らせるような男の責めが始まるのであった。

嘉蔵にしてみればそれは犯罪性のない事件の被害者なのであった。
世の男女のほとんど大多数が性の営みを行っているであろうが、それは人に見られては気まずいものであるものの合意の上では犯罪ではないのである。
今の嘉蔵も全く同じ状況に置かれていると思うようにしていた。
貧相な老人が裸でいたぶられる、それがどうして誰かの欲求のはけ口になるのであろう?
川に落ちた犬に石を投げて喜ぶ輩が世の中には存在するのが現実なのである。
社会的弱者たるホームレスの年寄りを子供が虐待する事例がたびたび報道される、まさに人間の醜さを表している。
しかしそれは犯罪なのであり、罰せられるのである。
今のショーには被害者はいない、合意の上で演じられているのであった。
わずかなお金とはいえ嘉蔵にとっては貴重な生計の糧であった。
嘉蔵にとって生活の基盤を維持するための副業なのである、行動範囲は限られていたために嘉蔵の許容する行動範囲での仕事は限られていた。
この業者はごく普通のベンチャーの起業者のような男であった。
この手の産業には半島や大陸の在日を主体とした団体の関連するものが多いと聞く。
その手の団体に関わると体のみならずいずれは命までもとられると言う話を加藤は教えてくれた。
さもありなん嘉蔵にもその理屈はわかった。
かの國はけんか腰でふっかけるのが常であり、揉め事を嫌う優柔不断の日本人は意のままに転がせる獲物でしかなかった。
一度脅かしに屈して要求をのむとそこから際限のない責めを負うことになるのである。
それはかの國の外交と日本の裏社会が全く同じなのであるのを報道で知ることは出来た。

加藤のアドバイスはいくつかあったが、その一つに決して薬には手を出してはいけない、自分のテリトリーを作れと言うのがあった。
薬とはいえそれはピンキリであるようであって、この手の行為に酔ってしまう薬もあるようであった。
今日の嘉蔵はED薬を摂らされたが、それは仕方ないことであった。
嘉蔵はショーにおいて体の昂ぶりを感じなかったのである。
ED薬も初めてであったからそれが効果あるのかはわからなかった。
服用するとしばらくたった後、体に火照りを感じるのがわかったがそれ以外に嘉蔵の自覚症状は現れはしなかった。
畳の上で男の執拗な愛撫が続くと、経験のしたことのない変化が現れたのであった。
足首から焦らすようなタッチで男の手がじわじわと足の付け根に迫ってくるのがわかる。
今まで嘉蔵は、それらは単に拷問の一種と思うことで体の高ぶりは押さえてきていた。
しかし今夜のショーはそれを押さえつけられないのが自分でもわかった。

男の手と口が白い布の上に辿り着くころには嘉蔵のそれは歳を思わせない変化を呈していた。
明らかに、白い布を突き上げていたのである。
「あああ・・あ・う・・・・」
男の手がそれを横から握ると嘉蔵は恥ずかしさとともに得も言われぬ高ぶりを覚えたのであった。
歳をとってからの営みは久しく記憶になかった。
ただ時として欲情を催すことはあったが、それを人と交わることで果たすことはなかった。
図らずもこの世界を知ってしまった今この昂ぶりを導かれて新たな苦悩を併せ持つことになった。
嘉蔵の信条として、この種の男の息吹は心を伴わなくてはいけなかった。心を伴わないのは獣と一緒であると考えていた。
ただ今宵の体はその心が遊離してしまったようであった。
他のことを考えよう・・・嘉蔵は思った。
親しみを込めた笑顔で困窮の嘉蔵を迎えてくれた栄次をなぜか思い出していた。
最近知り合ったばかりであるのになぜか栄次に許しを請いたい思いに駆られていた。
このままでは・・・今度あったときにどのような顔をして・・・体の苦痛より心が痛くて苦しかった。


更新日:2017-03-27 09:11:25

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