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サンクトペテルブルクから2000キロ離れたトボリスクでのびのびと気ままに育ったアレクセイにとって、ヴァシリーサの躾は相当厳しく感じた。

「おばあさまには随分しごかれました」
「おや、そうかえ?」

お茶を飲み干し、アレクセイは祖母を見てほほ笑んだ。
貴族の子弟として、いずれは人の上に立つ立場になることを想定してヴァシリーサは野育ちの孫を厳しく養育した。

今のアレクセイは若いながらも委員会の副議長として、責任ある立場になっている。
祖母の養育の賜物なのか、アレクセイは年長者からも後輩からも信任が厚い。普段はあまり意識しないが、自分の精神力の強さはやはりここでの生活が下地となっているのだろう。

物思いにふけっているあいだに、ヴァシリーサはジュエリーボックスからビロードの小袋を取り出した。

「アレクセイ、これをもってお行き」

目の前に置かれたえんじ色のビロードの小袋。かなりの年数が経っているのか、色あせている。
手に取るとずっしりと重い。縛られていたひもを解き中のものを取り出した。

「これは・・・おばあさま!」

中から出てきたのは懐中時計。
見覚えがある。父が母に贈ったものだ。母が亡くなり、この屋敷に来た時に持ってきたが、母の物を持ち込むことを嫌ったヴァシリーサに取り上げられてしまった。てっきり処分されたと思っていた。

「今でも動くようにしてある。持ってお行き」
「持っていてくださったんですか」
「わたしにとっても息子の形見だからね」

ふたを開けると、秒針が時を刻んでいる。ふたの裏側には在りし日の父と母の肖像画。
どんなに父が懇願しても、祖母は母との結婚を認めなかったと聞いている。父が亡くなったときも、孫息子を引き取ることをかなり躊躇っていたようだった。父が亡くなった原因が原因だからだ。
トボリスクへ向かう途中、列車の脱線事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった。

「わたしはおまえの母親を息子の嫁に迎えることはどうしてもできなかった。あの子が亡くなったとき、遺言には必ず速やかにおまえを引き取るように書いてあった。それなのに・・・」

堰を切ったようにこれまでの、アレクセイが知らなかったことを涙ながらに話すヴァシリーサ。
唇を震わせながら、孫息子に詫びる姿はアレクセイの心に突き刺さってくる。

「おばあさま、おれは感謝しています。おばあさまがいてくださらなかったら今のおれはいません」

しわが刻まれた祖母の両手を包んだ。

「たしかに厳しくて、『くそばばあ』って思ったことも何度もありますよ。でも、その厳しさがあったから、おれは生きる力が身に付いたんです。感謝してもしたりませんよ」
「アレクセイ」
「ユリウスのこともです。おばあさまがいてくださらなかったら、あいつは今頃生きていません」

ヴァシリーサは涙が止まらない。自分の両手を包むアレクセイの手はとても温かく、自分よりはるかに大きな手だ。
老い先短い自分にできることは何でもしてやろう。たとえこの命と引き換えになったとしても、アレクセイとユリウスのために。

更新日:2017-03-14 17:45:38

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