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Новая жизнь ~新しい命~
雪をかき分け歩を進める。
口髭を蓄えた初老の男性が歩いていた。
ふと見上げると、落ち着いた雰囲気の邸宅が見える。しんと静まり返ったその様子は豪奢な外観にそぐわない静けさがある。それは人の出入りが少ないことを窺える。
明らかに貴族の屋敷だが、警備の門番もおらず門扉の奥の扉が静かに佇んでいた。
正面の門を眺めながら、ぐるりと回った裏門にだどりついた。
裏門の鍵は朽ちていて容易に開けることができる。
周囲を窺いながら裏門の扉を開け、滑り込むように中に入って行った。
「アレクセイ坊ちゃま・・・!」
裏口に立っていた初老の男性を追い払おうとしたとき、彼が帽子を取った素顔を見て腰を抜かすほど驚いた。
この家の次男坊、アレクセイだった。
長年執事として仕えてきたオークネフは、アレクセイがこの屋敷に引き取られた時から、何かを気を配ってくれた。
生来温厚で実直な人柄のオークネフは生涯を独身で通し、このミハイロフ家尽くしてくれていた。
「あれは?」
雪を払いながら尋ねる。
「もうすっかりお元気でございますよ。ただ、つわりが始まってお辛そうです」
「つわり?」
「ご懐妊されると、吐き気や嘔吐、胸やけが起こるようでございます。お食事も喉を通らないようで、この頃は臥せっておられることがおおございます」
「大丈夫なのか」
オークネフの言葉にアレクセイに不安がよぎる。
「お腹のお子様に問題はございませんよ。つわりも一時的なものだと医師は言っております」
説明をしながらも、さりげなく祖母の部屋へ誘導してくる。
「奥様がおまちかねでございます」
昔と変わらぬ祖母の部屋の前だった。
オークネフがノックをする。
「お入り」
祖母の声だ。
「失礼いたします。おくさま、アレクセイ坊ちゃまがお見えです」
静かに扉が開けられると、祖母はゆったりとしたドレスを身に着け、カウチに腰かけていた。
「おばあさま」
「まあ、なんて格好だえ?相変わらずだね」
アレクセイの姿を見て、祖母は呆れたように笑った。祖母から見れば、アレクセイの今の姿は浮浪者のようだ。
「恰好など気にしていられません。おばあさまもお元気そうで何よりです」
「おまえたちのおかげで、忙しくてならないよ。ユリウスには会ったのかい?」
「いえ、まずはおばあさまにご挨拶をと」
いつの間にか、大人としての礼儀正しさを身に着けていた。
引き取ったときは、野性味あふれる活発な性格に手を焼いたものだ。兄のドミートリィと違って、貴族の子弟としての教育を受けていなかった。どうやってこの子を一人前の貴族の子弟に育て上げようかと思案したものだった。
久方ぶり会ったアレクセイは、精悍で逞しい男になっていた。
「あれはどうしていますか?」
「ユリウスかえ?肺炎が治ったと思ったらつわりだからね。食事もまともに取れないようだし、細い身体が一層細くなってしまって・・・・」
「そうですか」
「なに、つわりは時間が経てば治まるもの。早く行っておあげ。まっているだろうよ」
にっこりとほほ笑む祖母のほほにキスをして、アレクセイは部屋を辞した。
愛してやまなかった息子が、明らかに身分の低い女に惚れこみ、子どもまで産ませた。そのことに誇り高い祖母は許せなかったと、オークネフから聞いた。
アレクセイの母は、ミハイロフ家に仕えた侍女だった。それも兄ドミートリィの世話係だったようだ。
どういういきさつでアレクセイの母と思いを交わすようになったかはわからないが、周囲が気が付いた時には、アレクセイを身ごもり故郷のトボリスクに帰った後だった。
皇室とゆかりのある娘を後添いにと、手回しをしていた祖母の計画は無残にも打ち砕かれた。
アレクセイの父親が頑として譲らなかったからだ。
身分の低い女を囲うことは珍しいことではない。アレクセイの父親はあくまでも妻として迎え入れようとしていた。
結局は、アレクセイの母が故郷のトボリスクに帰ることでうやむやになってしまっていた。
口髭を蓄えた初老の男性が歩いていた。
ふと見上げると、落ち着いた雰囲気の邸宅が見える。しんと静まり返ったその様子は豪奢な外観にそぐわない静けさがある。それは人の出入りが少ないことを窺える。
明らかに貴族の屋敷だが、警備の門番もおらず門扉の奥の扉が静かに佇んでいた。
正面の門を眺めながら、ぐるりと回った裏門にだどりついた。
裏門の鍵は朽ちていて容易に開けることができる。
周囲を窺いながら裏門の扉を開け、滑り込むように中に入って行った。
「アレクセイ坊ちゃま・・・!」
裏口に立っていた初老の男性を追い払おうとしたとき、彼が帽子を取った素顔を見て腰を抜かすほど驚いた。
この家の次男坊、アレクセイだった。
長年執事として仕えてきたオークネフは、アレクセイがこの屋敷に引き取られた時から、何かを気を配ってくれた。
生来温厚で実直な人柄のオークネフは生涯を独身で通し、このミハイロフ家尽くしてくれていた。
「あれは?」
雪を払いながら尋ねる。
「もうすっかりお元気でございますよ。ただ、つわりが始まってお辛そうです」
「つわり?」
「ご懐妊されると、吐き気や嘔吐、胸やけが起こるようでございます。お食事も喉を通らないようで、この頃は臥せっておられることがおおございます」
「大丈夫なのか」
オークネフの言葉にアレクセイに不安がよぎる。
「お腹のお子様に問題はございませんよ。つわりも一時的なものだと医師は言っております」
説明をしながらも、さりげなく祖母の部屋へ誘導してくる。
「奥様がおまちかねでございます」
昔と変わらぬ祖母の部屋の前だった。
オークネフがノックをする。
「お入り」
祖母の声だ。
「失礼いたします。おくさま、アレクセイ坊ちゃまがお見えです」
静かに扉が開けられると、祖母はゆったりとしたドレスを身に着け、カウチに腰かけていた。
「おばあさま」
「まあ、なんて格好だえ?相変わらずだね」
アレクセイの姿を見て、祖母は呆れたように笑った。祖母から見れば、アレクセイの今の姿は浮浪者のようだ。
「恰好など気にしていられません。おばあさまもお元気そうで何よりです」
「おまえたちのおかげで、忙しくてならないよ。ユリウスには会ったのかい?」
「いえ、まずはおばあさまにご挨拶をと」
いつの間にか、大人としての礼儀正しさを身に着けていた。
引き取ったときは、野性味あふれる活発な性格に手を焼いたものだ。兄のドミートリィと違って、貴族の子弟としての教育を受けていなかった。どうやってこの子を一人前の貴族の子弟に育て上げようかと思案したものだった。
久方ぶり会ったアレクセイは、精悍で逞しい男になっていた。
「あれはどうしていますか?」
「ユリウスかえ?肺炎が治ったと思ったらつわりだからね。食事もまともに取れないようだし、細い身体が一層細くなってしまって・・・・」
「そうですか」
「なに、つわりは時間が経てば治まるもの。早く行っておあげ。まっているだろうよ」
にっこりとほほ笑む祖母のほほにキスをして、アレクセイは部屋を辞した。
愛してやまなかった息子が、明らかに身分の低い女に惚れこみ、子どもまで産ませた。そのことに誇り高い祖母は許せなかったと、オークネフから聞いた。
アレクセイの母は、ミハイロフ家に仕えた侍女だった。それも兄ドミートリィの世話係だったようだ。
どういういきさつでアレクセイの母と思いを交わすようになったかはわからないが、周囲が気が付いた時には、アレクセイを身ごもり故郷のトボリスクに帰った後だった。
皇室とゆかりのある娘を後添いにと、手回しをしていた祖母の計画は無残にも打ち砕かれた。
アレクセイの父親が頑として譲らなかったからだ。
身分の低い女を囲うことは珍しいことではない。アレクセイの父親はあくまでも妻として迎え入れようとしていた。
結局は、アレクセイの母が故郷のトボリスクに帰ることでうやむやになってしまっていた。
更新日:2017-03-14 17:43:54