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心地よい気だるさが身体に残る。
ユリウスがゆっくりと寝返りをして、目を開けるとアレクセイがベッドから降りるところだった。

がっちりとした肩幅は広い。あまり見たことがなかったが、背中にも傷跡がある。広い背中に斜めに走るものが多い。

なんの跡だろう・・・

ぼんやりした意識の中で考えた。
椅子に掛けてあるガウンを手に取った彼はさっと羽織ると、彼の背中の傷跡を覆い隠した。
テーブルに置いていある水差しからグラスに水を入れる。アレクセイの大きな手の中のグラスがひと際小さく見えた。グラスの中の水を飲み干すと、ユリウスに視線を向けた。

「飲むか?」
「うん」

再びグラスに水を入れ、ベッドサイドに腰を掛けた。
上掛けを胸に当てて、ユリウスはゆっくりと身体を起こし、グラスを受け取った。
静かに水を喉に流し込む。自分でも驚くほど喉が渇いていたことを認識した。

「ユリウス、これ・・・」

アレクセイはグラスを彼女から受け取り、銀色に輝く懐中時計をユリウスの手のひらに乗せた。

「これは?」
「お袋の形見の懐中時計だ。おまえをここに預けた当初におばあさまから受け取った。おれの親父がお袋に贈ったものだ」

懐中時計の蓋には見事な彫刻が施され、その中央にミハイロフ家の紋章が彫ってある。

「あなたのご両親の形見、なの?」
「まあ、そうなるかな」

アレクセイは照れくさそうに微笑み、蓋を開けた。

蓋の内側には、男女が並ぶ古い肖像画があった。黒髪のアレクセイによく似た男性の傍に、寄り添うように描かれている亜麻色の髪の女性。色褪せているがこれがアレクセイの両親だ。

時計はしっかりと時を刻んでいる。

「おまえが持っていてくれ」
「え?」

驚いて顔を上げた。

「結婚してもおまえに指輪も何も贈っていない。せめて、これをおまえに贈ろうと思って。
おそらく、お袋がおれを身ごもった頃に親父が贈ったものだろう。この屋敷に引き取られてからはおばあさまがお持ちだった。
これからはおまえが持っていてくれないか」

懐中時計を見つめ、もう一度顔を上げてアレクセイを見つめた。

「ぼくが持っていていいの?」
「ああ、その方が親父たちも喜ぶんじゃないかな」

ありがとう、と言うとユリウスは時計を耳に当ててその秒針の音を聞いた。

「きれいな音だね」

うっとりと目を閉じて秒針の音を聞く。澄んだきれいな音だ。
時計を耳から離し、それを少し膨らんだお腹にあてた。

「聞こえる?君のおじいさまとおばあさまがお持ちになっていた時計の音だよ。今まではひいおばあさまが大切に持っておられたんだ」

時計を当てているユリウスの手に、アレクセイの大きな手が重なった。

「父さまはいつもそばにいられないが、これで寂しくないだろう?ん?」
「アレクセイ」
「おまえも・・・」

顔を上げ、夫の顔を見つめた。
変わらない優しい鳶色の瞳。決して饒舌ではないが、発せられる言葉はいつも酔わせてくれる。低くてよく通る声。男らしい引き締まった唇。
どれもこれもユリウスは愛おしい。

視線が絡み合うと、二人の顔が近づく。
軽く唇を合わせただけで、アレクセイは時計ごと彼女を抱きしめた。

懐中時計の音だけが部屋に響いた。

更新日:2017-05-04 15:07:01

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