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ここは、どこ?

ぼんやりした意識の中で天井を見つめた。
天蓋のついた寝台だろうか?薄いカーテンが見える。ユスーポフ家?そんなはずない。
ぼくは、アレクセイと暮らしてきたんだから。だったらここは?

そうだった。ぼくはパン屋の前に並んでいたけど、路地裏にへたり込んでしまったんだ。
頭が痛くなって、呼吸が苦しくなって立っていられなくなった。それから意識が無くなったのか覚えていない。

「おや、気が付いたかい?オークネフ、スープを持ってきておあげ」
「あ・・・の・・・」

身体を起こそうとしたけれど、だるくて起き上がれない。目の前のこのご婦人はだれだろう。
白髪で品のいい顔には深いしわが刻まれている。優しくぼくのほほに触れた手は柔らかい。

「高い熱が出ていたんだから、しばらくは養生しないといけないよ。何より、自分だけの身体じゃないんだからね」
「どういうこと・・・ですか?それに・・・ここは・・・?」

スープを運んできたメイドと一緒に部屋に入ってきた柔和な面差しの男性、オークネフが説明をしてくれた。

ここに運ばれたとき、ぼくは肺炎を起こしかけ意識もなかった。医師の手当てが遅れたら助からなかったかもしれなかったそうだ。
何より驚いたのは、ぼくは身ごもっているとういこと。アレクセイの子を。
アレクセイと4年近く暮らしていても妊娠の兆しはほぼなかったから、もう子どもはできないと思っていた。
周りは当たり前のように赤ちゃんができていたから、ぼくもすぐできると思っていたけれど、それが1年たち2年たってもできずにいたから、さすがに落ち込んだ。

「子どもなんて授かりものだ。あんまり気にしすぎると、余計にできないって聞いたぞ。おれはまだまだ、おまえとこうしていたいんだけどな」

そう言ってアレクセイはその夜、ぼくを一晩中寝かせてくれなかった。

ベッドの傍らの椅子に腰かけているこのご婦人は、アレクセイのおばあさま。アレクセイが侯爵家の出身だということは聞いていたけれど、絶縁しているからって詳しくは教えてくれなかった。

ここにぼくを運んだのはアレクセイだった。
高熱を出し意識のなくなっていたぼくを助けるために、二度と会わないと思っていたおばあさまを頼ってくれたんだ。彼の信念からすれば、おばあさまを頼ることは、仲間を裏切ることと等しいはずなのにぼくの為に。

ぼくの気持ちが伝わったのか、おばあさまはぼくの手を包んで言葉をつなげてくれた。

「アレクセイは小さい時から頑固でね。こうと決めたら梃子でも動かない、ミハイロフ家の男の特性を強く受け継いでたね。そのアレクセイがわたしを頼って妻を助けてほしいと頭を下げた。よほどの決意がないとできないことだと思うよ」
「アレクセイ坊ちゃまは帰り際におっしゃいました」

”おばあさま、ユリウスをお願いします。これで安心して仕事ができます。あれが目覚めるまでいてやりたいところですが、時間がありません。感謝します、おばあさま”
”オークネフ、ユリウスを頼む。あいつはおれの為に苦労のし通しだった。ここでゆったりと過ごさせてやってほしい”

アレクセイ、あなたって人は・・・

ぼくは涙が止まらなかった。泣き出したぼくにおばあさまとオークネフは、慌ててなだめてくれた。
泣くよりも食事をちゃんと摂って元気な赤ちゃんを見せてほしいと、今度はおばあさまが泣き出した。
そうだった。ぼくには守らなければならいものがある。この身体の中に宿った小さな命。アレクセイとぼくの命を受け継いだ大切な小さい命。

更新日:2017-03-13 09:27:57

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