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小説

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二人の出会い

善吉は中京地区の自動車会社に入社した。
新入社員研修と称する工場での実習期間が用意されていた。

善吉は組み立てラインの職場に配属された。
当時はライン脇の予備組み立ての工程は期間工の仕事であった。
その期間工として地方の農家の人が多く出稼ぎに来ていた。
期間工の中に善吉は伯父とよく似た庄衛と出会った。

善吉はラインを流れる車にあらかじめ小組された部品を取り付ける工程であり、その小組を担当するのが庄衛であり必然として会話をすることになった。

庄衛は東北で農業を営む当時四十代半ばの働き盛りで手際よく作業するその手つきは善吉より鮮やかであった。
庄衛は無口なほうで余計なことはしゃべろうとはしなかった。

善吉が好意的に話しかけるうちにその気持ちが通じるようになったのであろうか庄衛も話をするようになった。

庄衛の家は秋田の農家であること、家には義父と妻、そして一人娘を残してきているという。

庄衛はその隣村の三男で、そこに婿に入って一人娘の幸代を育てている。
庄衛は婿というとおりおとなしそうな人柄に見受けられる。

義父も一緒に出稼ぎに出ていたが最近は歳には勝てず家で庄衛の妻と家を守っているという。

そのような身内の話をしたりして善吉と庄衛は親しみを覚える間柄になって行った。


善吉の実家は貧しいなりにも父が農作業に勤しみ、母はできる内職はなにでもこなして生活費を稼いだ。
その甲斐あって善吉は人並みの教育も受けられた。

実の祖父は善吉が物心ついたころにはもう他界していた。
母方の祖父は土地では著名な家柄で官吏をしていたが善吉が知るころは実家の家業を継いでいた。
その祖父も善吉が小学校に上がるころ他界して、長男である叔父が家業を引き継いだ。

その叔父も若くして病に倒れたが娶った夫人は何もしない人で叔父が入院中もその看病にもほとんど顔を出すこともなかった。
実の姉にあたる母は父の顔色を窺いながら病院に見舞いに出かけていた。

善吉は鮮明に覚えていることはその叔父の下帯の着替えのないことを盛んにぼやいていた。
そして叔父のために下帯をしつらえていたことを覚えている。

叔父は善吉たちに良くしてくれた。
聡明だけど気弱そうな顔を今もよく覚えている。
叔父との記憶はもう一つ、良く近くの川に泳ぎに連れて行ってくれた。
その際水に入るときはその下帯も取り去って素っ裸で泳いでいたことである。
上がった時に代えがないのでそうしたのだろう。

その叔父も善吉が高校を出る年にそのまま帰らぬ人となってしまった。

その不遇の叔父の面影を庄衛に見たのであった。

入社した年の春には庄衛は家に帰って行った。

実習はに一年半が課せられておりその年の冬の初めに再び庄衛が派遣されてきた。

その時は善吉の職場ではなかったが時より顔を会わす機会があった。

善吉は懐かしくて声を掛けると庄衛も覚えていて話し合う機会が多くあった。

善吉の実習はその年の夏には終わるので次の庄衛の出稼ぎには顔を会わすことはなくなると思われた。

二人はお互いの連絡先を取り交わすことにした。

その後善吉は正式に配属が決まり関東の開発部門に赴任した。

そして善吉は翌年の夏に庄衛の家に旅行を兼ねて尋ねることにしたのであった。

会社の夏季休暇はおおよそ十日間与えられた。
当時善吉は初めての自分の乗り物としてバイクを買った。
休みのあるたびに観光地をツーリングするのが趣味としていた。
二泊以上のツーリングは初めてでその途中に庄衛の家を訪ねることにした。

善吉は新潟周りで秋田に行き、帰りは三陸を回って帰ってくる計画である。

庄衛の家は秋田の山間の村落にあった。
東に小高い山がありそのふもとの集落はのどかなたたずまいである。

「よく、おいでなさった」
庄衛が嬉しそうに微笑んで迎えてくれた。
農作業は終わったのであろうか小奇麗な普段着姿である。

庄衛の義父も顔を出す。
「遠いところをよくきたな、まあはいれや」
農作業にでも出ていたのであろうか、そのままの装束である。
上は前合わせのシャツで下は紺パッチである。
百姓の制服のような装束である。

庭先に干してある、洗濯物は確かに農作業着の一式であった。
紺パッチが場所をとっている。
その脇には白い布に紐がついたふんどし二枚が吊るされていた。

中では庄衛の妻と娘も揃って挨拶をしてくれる。
庄衛の妻は美代、娘は幸代と言った。
美代と幸代はおとなしそうな物静かな雰囲気である。

更新日:2017-03-11 15:53:14