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準備

實の同行を話して妻の同意は得られた。

遍路に出かけるに際し一応の準備は必要である。
お遍路用品の多くは現地で調達できるが嘉平なりのこだわりもあった。

輪袈裟・金剛杖・金剛杖・菅笠は現地で調達することにした。
白衣・笈摺・地下足袋・手甲・脚絆・頭陀袋に関してはできるだけ自分で合わせたいと考えた。
着替えは下着だけである。
靴なら靴下が必要だが嘉平は昔ながらの地下足袋を考えている。

季節がてら残すは下帯だけになる。
余裕を見て4枚を準備することにした。

できるだけ乾きやすいようにガーゼ地を二重にして誂える。
いつものように小柄な嘉平の体に合うようにしつらえる。
紐は晒しを合わせて縫い付けた。
越中ふんどしを二枚、そしてもっこ褌を二枚を用意してしまうと大方の準備は完了である。

日常の生活を基準にして歯磨きはブラシだけにする。
用便は遍路用の休憩所をお借りする。
夜は基本は野宿、宿を借りられたら裸で休めばよい。

髭剃りは当分は放置しよう、それに嘉平の髭はそれほど濃くもなかった。
そんなわけで簡単に準備は終わってしまった。

かたや實はというと。
いつかは行きたいと考えていた歩き遍路、ただそれは願望だけであって実現の術はなかった。
ところが知り合った嘉平の遍路のお供という後押しがあって実現することになった。

一人で行くには心細い、そんな思いもあった實には嘉平の同意は一石二鳥であった。

お遍路への思いは嘉平と似ていた。

今までの人生の意義を何度も問いかけていた。
両親のこと兄弟のこと、そして配偶者、子供・・・彼らに何をしてきてあげたのであろうか?

現役時代の会社員生活、生意気で権利主張ばかりの若いころのことへの悔い。
やがて中堅になって部下へお叱責、今なら完全なパワーハラスメントというのであろう。
多くの周囲の人を傷つけて過ごしてきたことの懺悔の思い。
管理職なっても同様であった。
實は先が見えて汲々とした生き残り競争に嫌味が差したとき中途退職をしてしまった。

その時の家族にかけた心配の数々・・・どれだけ彼らを思いやってあげたろうか?

その一方で實は思いかけず出会った小柄な老人・嘉平がとても好きになっていた。
その好きな老人と一緒に旅ができるという興奮に酔っている今の自分も感じられた。

嘉平の厭世的といえる、なにか悟りに似た今の生き様は實には何かさみしさを感じるのであった。
この人のそばにいてあげたい。何か役に立ってあげたい・・・そんな思いがこみ上げてくる。

實の準備は自身の物だけでなく、いざという時の嘉平のためにと考えて用意するうちに大きなリュックがいっぱいになってしまった。

電車で四国の地まで行き、そこから歩き始めるのである。

こうして二人の旅が始まった。

更新日:2017-03-06 10:24:21

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