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「第2ボタン? 」
 幾度となく下校デートを重ねた河川敷の階段を下りながら、ブレザーの制服姿で斜め前方を歩く俊矢(しゅんや)が、足は止めずに、同じく制服姿の美尋(みひろ)を振り返る。
 今日は、二人の通う中学校の卒業式だった。
 それぞれ出席してくれた親を先に帰し、ゆっくりゆっくりと名残を惜しんで、既に大きく傾いた橙色の陽光に照らされて歩く。
 二人は一緒の高校へ進学するが、高校へ通うのに、この河川敷は通らないため、河川敷での下校デートは、これが最後。
 俊矢に聞き返されたのに頷き、美尋、
「うん、そう。第2ボタン。……ってね、私のお母さんの若い頃に、好きな男の子が学校を卒業する時に制服の上から2つ目のボタンをもらうのが流行ったんだって。
 お母さんは中学卒業の時に、お父さんから第2ボタンをもらって、今でも、それを大事に持ってて……なんか、そういうのって素敵だなぁって」
「へえ……。でも、どうして上から2つ目? 」
「お母さんは、胸に一番近いから、って言ってたよ」
「胸に近い? それって一番上のほうが近いんじゃ……? 2つ目じゃ、むしろヘソ……」
「んー……。もともとは戦争中の何かのエピソードだとか、昔のアイドルの歌が元だとか、諸説ありみたいなことを言ってたけど」
「あー、戦争! 軍服だったら2つ目のボタンが一番胸に近いよね! お母さんの頃だったら、学ランの中学とか多かったかもしれないし、学ランも軍服と同じで2つ目が胸に近いし」
 そっか、そっか、と、納得した様子で、視線を進行方向へ戻す俊矢。
 このまま第2ボタンの話が終わってしまいそうで、美尋は、
「あっあのっ……! 」
急いで口を開く。
「俊矢くんの第2ボタン、欲しいな……って」
 そう、美尋はそのために、第2ボタンを話題にしたのだ。
 今度はちゃんと足を止め、美尋を振り返る俊矢。
 美尋もつられて止まると、俊矢は美尋と同じ段まで戻って来、
「うん、いいよ」
あっさり答えつつ、右手を、ブレザーの金色をした第2ボタンへやり、ブチッと引きちぎる。そして、
「はい、どうぞ」
ニッコリ笑って左手で美尋の右手を取り、そのボタンを握らせた。
「俊矢くん……」
美尋は驚いて俊矢を仰ぐ。
 驚いたのは、ボタンをもらえる自信が無かったから。しかも、こんなにあっさり。
 美尋が俊矢と付き合い始めたのは、1年生の終わり頃。当時も二人は同じクラスで、進級に伴うクラス替えを控え、クラスが離れてしまうかもしれないことを考えた時に、それは嫌だと感じたと、俊矢から言ってきてのことだった。
 しかし、いつしか立場は逆転。所属しているサッカー部の活動を通して、また、その他の学校生活の中でも、俊矢はみるみるカッコよくなっていき、気がつけば、美尋のほうが俊矢に夢中になっていた。自分がちゃんと俊矢につり合っているかと心配になるほどに。
 いつもいつも気がかりだった。最近では、2年生の可愛い子が俊矢を好きだと噂になった。実は数日前、俊矢とその2年生が人目を避けるようにコソコソと二人きりで校舎裏にいるのを、たまたま3階の窓の中から見た。
 第2ボタンの意味を伝えた上で、欲しいと言ったのは、気持ちを確かめる意味もあった。だから……。
「いいの? 」
 優しく頷いて見せる俊矢。
「ありがとう! 大切にするね! 」
美尋は嬉しくて嬉しくて、ボタンを握りしめる。
 と、
(? )
ボタンを握っている手に違和感。
 何だか濡れているような、ヌルッとする感じ。
 開いて見てみると、実際に濡れていた。
 もともと金色のボタンが濡れて太陽の光に映え、夕日とお揃いの橙色、いや、それよりは、もう少し濃く、暗い色。
 液体そのものに色があるように見える。
(…これって……? )
血、みたいな……? と、美尋が思ったところへ、
「どうせ僕の制服は血だらけで、破けてるところもあるから、もう、弟に着せれないからね」
頭上から、俊矢の酷く暗い声。
 すっかり浮かれていた美尋だったが、これまで聞いたことの無いような声に急に不安を覚えて、俊矢を仰ぐ。
 俊矢の双眸は、影を宿していた。
「俊矢、くん……? 」
 微かな風に揺れる背の高い草のように、周囲に溶け込み気味に静かに佇む俊矢。
 突然、
(! ! ! )
大量の血液が、俊矢の左側頭部と左の手の甲から溢れ、制服を伝って赤に染めつつ、地面に血溜まりをつくる。

更新日:2017-02-22 01:07:05

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