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(…だいぶ、積もってきたな……。いつまで降るんだろ……? )
 温暖なこの地域では珍しいドカ雪を、パート先のファミレスの休憩室の窓から眺めながら、2月14日午後2時、遅めの昼食をとっている遠岬唯(とおみさき ゆい)40歳。
 そこへ、コンコン。ドアをノックする音。
 ドアが開き、
「お疲れ様です」
入って来たのは、イケメン店長・樫庭俊真(かしにわ としまさ)30歳。
 遠岬は条件反射で、
「あ、お疲れさまでーす」
と返しながら、あれ? と思う。
「店長。今日、出勤でしたっけ? 」
「違いますけど、今日中に終わらせなきゃいけない書類があるので」
「ああ、そうなんですね。雪の中、お疲れ様ですー」
そこまで言ったところで、遠岬はふと思い出し、朝に出勤して来た時から同僚全員に宛てたメッセージを添えてテーブル隅に置きっぱなしにしてあった、クマとハートの柄の可愛らしい箱を手に取り、蓋を開け、
「よかったら、おひとつどうぞ」
樫庭に差し出す。
 箱の中身は、家族用にと昨日作ったバレンタインチョコの余り。職場の皆に食べてもらおうと持って来たのだ。既に誰か食べてくれたようで、2つ分ほどのスペースが出来ている。
 樫庭、
「えっ!? もしかして手作りっすか!? そういえば今日、バレンタインっすね! いいんすか? ボクなんかがいただいちゃって! 嬉しいなあ! 寒い中、来てよかったっすよ! 実はボク、今年はひとつもチョコもらってないんすよね! 」
大袈裟に喜んでみせてから、
「いただきます」
と有難そうにひとつ摘んで口に入れ、
「美味しい! さすが主婦っすね! 」
これまた大袈裟に褒め、一転、トーンを落として甘やかに笑み、
「また何か作ったら、食べさせてくださいね」
遠岬を見つめる。
 遠岬はドキッ。一拍おいて、キュンッ。
 そのために、かなり後れて、
「えー? どうしよーかなあ? 」
冗談めかして反応しつつ、しかし、早くも頭の中では、次は何を作って持ってこようかと考えを巡らせていた。

 樫庭は、まだ知らない。自分がこの翌日から3ヵ月間にわたってストーカー被害に遭うことを。
 遠岬は、まだ知らない。自分がこの3ヵ月後に突然、ストーカー呼ばわりされることを。



                                 終


                               

更新日:2017-01-18 16:36:34

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