• 31 / 190 ページ

第5話 ウショニン・システム


 …それは在学三年目のバレンタインデーのことであった。
 須賀悠司(※「すが ゆうじ」と読む)は講義を終え、同級生たち
 と別れて下校する途中であった。
 …ふと気がつくと、目の前に同大学内の工学部では、ちょっと
 有名なある女生徒が立っていた。
 彼女の通り名は…「レオナルド・ダ・ビン子」。
 同学部内では「偉大なる天才」とまで称された彼女であったが、
 ちょっと変わった性格の持ち主としても有名であった。

 …実はそれが、当時の緒杉智子(※「おすぎ ともこ」と読む)で
 あった。

 体型はやや太り気味で、黒縁で丸い牛乳瓶の底のような
 レンズの眼鏡をかけ、長く伸びきった髪の毛はまとめず、
 そのまま流したい放題のヘアスタイルという出で立ちで
 あった。
 それはまさに…当時の流行語でいえば、「おたく」であろう。
 その彼女が…じっと悠司に視線を向けていた。

  「あ…どうも…」

 その視線を感じた悠司は、足早にその場を立ち去ろうとした。
 …が、しかし!
 智子は彼の目の前に立ちはだかり、無言で「あるもの」を
 押し付けるように手渡した。
 そして…そのまま立ち去った。
 彼の手には、厚みが数センチほどの四角の箱があった…。

 …悠司は帰宅後、その箱を開けると…なんとそこには、
 ネバネバとした奇怪などす黒い物体が箱一面に貼り付いて
 いた…。
 手作りのチョコレート…のようだが、十分に固まらないまま
 持ち出したのであろう。
 しかし…かろうじて、そこに蛇が這いずり回るような「文字」
 らしきものが描かれていた。
 色はアイボリーだが…おそらくはホワイトチョコレート
 か何かだ。
 そしてそこには…悠司への「怨念」…いや、「想い」が綴られて
 いた。

  『アイ・ラブ・ユウジ』

 …このとき、悠司の背筋は凍りついた。
 英文字ならともかく…「カタカナ」とは…。
 さすがは「変人」。

 これが智子の悠司との初めての遭遇…いや、「出会い」で
 あった…。



 …ふと窓から大学内のキャンパスを眺めた。
 確かあの場所で…。
 そしてその「彼」は…今も元気なのだろうか?

  「緒杉君!」

 その声でハッと我に返る智子。
 …かつての恩師である
 日高一朗(※「ひだか いちろう」と読む)は、不思議そうな顔で
 智子を凝視していた。

  「あっ?…ああ、すみません!!」

 彼より依頼された、とある機器の説明の途中だったことに
 気づき、慌てて彼女は笑顔でその場を取り成した。

更新日:2017-06-28 10:30:28

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook