• 2 / 190 ページ

第1話 俺はウシオニダー


 …季節は夏を終えようとしていた頃であった。
 西日が射す宇和島市役所の裏口玄関に、一人の女性の姿が
 あった。
 ところで終業時間は既に過ぎている。
 あたりに人影はなく、彼女はやや早足で、その場を通り
 過ぎようとしていた。
 …と、そのとき!

  シュッ、…ンン…ン…

 …一瞬であったが、彼女の傍を何かが通り過ぎた。
 しかし…それを感じることもなく、その女性はその場に
 前のめりに崩れるように、静かに倒れ込んだ。

  「…フフ。隙だらけよのォ…たわいもない」

 そこに横たわる女性の傍に、長い影があった。
 その影は…何やら甲冑を着込んだ武者のようにみえた。

  「彼女は…その…死んだのですか…?」

 その武者の背後に、また別の影があった。
 それはみるからに、ここの職員らしい。

  「これでかの『ウショニン』たちに罪を着せれば…あとは
  すべてうまくいく…」

 やがてその影は、その場を後にした…。



 …平成2x年9月、愛媛県宇和島市の市庁舎内で、謎の
 女性変死事件が起こった。
 現場は同庁舎内の裏口側エントランス付近。
 その場に30歳代の女性の職員が倒れていたという。
 彼女は残業中に被害に遭ったものと思われる。
 しかし…その身体には外傷はなく、死因は不明であった。
 また、現場には手がかりとなる犯人の遺留品と思われるものは
 一切見当たらず、当直の守衛が駆けつけたときには、既に
 息絶えていたといわれている…。



 …そんな不可解な事件が起こってから数日後のある日。
 宇和島市役所の高齢者福祉課に勤める臨時職員の
 須賀悠司(「すが ゆうじ」と読む)は、定時の業務終了後も、
 そのまま仕事を続けていた。

  「…ったく、なんで忙しい部署ばかりに配属されンだよ…」

 この不況下の中、期間付の臨時職員の事務員として雇われた
 ものの、さんざんいろいろな部署へとたらい回しにされた
 挙句、ようやく同部署に配属されたまではよかったものの…
 彼は年下の職員から何かとこき使われる毎日を送っていた。
 彼も既に30歳を過ぎており、そこそこに人間関係はスムーズに
 やってのける方ではあったが、年齢が十も違う最近の若者は、
 やはり扱いにくい、かつ、付き合いにくいことを実感して
 いた。
 …特に「行政畑」の人間ならなおさらである。

 …と、彼は来客用のカウンターの方に人の気配を感じた。
 ふとそこへちらりと視線をやったが…果たしてそこには誰も
 いない。

  「気のせいか…。ま、こんな時間に人がくるはずないし」

 いつのまにか庁舎の南側一階窓口は彼の姿だけとなっており、
 ほかの職員の姿は見当たらない。
 時間は業務終了時刻から既に一時間を過ぎようとしていた。
 …と、そこに彼の腹が嫌な音を立てた。
 普段の窓口業務を考慮してか、悠司は昼の食事はいつも
 少なめに摂る様に心がけていた。
 あたりに誰もいないのが幸いだったが、彼は地下の売店への
 階段のそばにある自動販売機へと向かった。

 ゴトリ…と、鈍い音があたりにこだまする。
 暖かいミルクティーの缶を開け、それを一口グビリとやると、
 悠司はふと裏口付近にある守衛室へと視線をやった。
 …そこには、既に夜勤に入っている守衛の姿が確認できた。

 「なんだ居るじゃん…」

 自分一人だけと思ったが…どうやらここにいるのは自分だけ
 ではなかったようだ。
 ほっと安堵したのも束の間、その直後…窓口の向こうから
 何かの物音がした。

  「…?」

 彼は窓口の方へと戻った。

更新日:2017-01-12 10:18:22

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook