• 19 / 190 ページ

第3話 八つ鹿の化身


 …ある休日の朝のことであった
 須賀悠司(※「すが ゆうじ」と読む)は、自分の恩師である
 日高一朗(※「ひだか いちろう」と読む)からのメールを眺めて
 いた。



 …この間は、たいへんだったようだが…まぁ無事に帰れて
 何よりだった。
 須賀君も知っていると思うが、あれから連日あの事件関連の
 ニュースばかりが報道されるようになって、私も頻繁に
 マスコミの取材を受けるようになってしまった。
 …しかし、マスコミの連中の中には怪しい奴もいてな。
 この前はぴったり尾行されたこともあったよ。
 だが、君の事は一切話すことはないので安心してくれ。(^-^)

 ところで、例の牛鬼の化身の力についてだが…途中までだが
 解析が終わったので送っておくよ。
 今後、何かの役に立てばと思う。
 また何かあったら、すぐに連絡してくれ…



 …たいへんなんてものじゃなかったんですけどね、先生…。
 だが、教え子に何かあってはいけないと、日高は、松山市に
 出向く時は、必ず交通機関を利用するよう、彼に強く勧めて
 いた。
 仮にあの時、車でビジネスホテルに泊まったものなら、車両の
 引き取りだけでも警察に相当なチェックを受けることになり、
 さらに事情聴取は免れないだろう。
 恩師のその配慮にだけは、悠司は心から感謝していた。

 画面に表示された恩師からのメールを眺めながら、悠司は添付
 されたPDF形式のファイルを開いた。
 そこには、取り込まれた画像と共に解説がなされており、
 編集には随分と苦労した跡が伺えた。
 …そんな中、ふとメールの中のある記述が目に留まった。

 『…君が変身したときと同じような姿をした何者かが、
 あの日、現場にいた…との噂をきいた…』

 同じような姿をした者…?
 それはまさか…「ウシオニダー」?
 悠司はしばらくの間、その記述に釘付けになった。
 自分のほかにも、ウシオニダーがいるというのだろうか…?
 わずかな不安を抱きつつ、彼はパソコンの電源を落とした。



 …10月も半ばを過ぎる頃、宇和島市内の各集落にある神社では、
 秋の祭礼で賑わい始めていた。

 宇和津彦神社の奥にある霊亀山大超寺。
 ここには、宇和島の初代藩主・伊達秀宗の側室の墓所がある。
 きけばこの女性は、戦国時代の近江の武将・浅井長政と側室
 (※名は不明)の間に生まれた娘らしい。
 …しかし、意外にもこの事実はそんなに知られてはいない
 ようだ。

 ところで悠司は、学生時代に原因不明の事故で他界した父親の
 墓参りに訪れていた。
 彼は父親を亡くしてから、時間のあるときはずっと墓参りを
 続けているのである。
 …とにかく、人との出会いを大切にした父親。
 いつも仕事を優先していたが、その分、父を尋ねる知り合いの
 数は多く、その人望の厚さが伺えた。

 そういえば…本来なら秋もたけなわな季節のはずなのに、
 いやに日差しが強い。
 悠司は墓の周りに散らばった枯葉を拾い、水をやり、線香に
 火を灯した。
 墓石の傍には、あのプレートが置かれていた。

  「…父さん。俺、凄い力を手に入れたよ…」

 そこに線香を供えた。

  「いきなりさ…なんかこう、正義の味方になった気分だよ」

 …その言葉に誰も相槌を打つことはない。
 それでも、悠司は語りかけるように言葉を続けた。

  「…って、もう正義の味方なのかもしれないけど」

 苦笑しながら、彼は静かに手を合わせた。
 墓は高台にあり、そこからはある程度地元の景色を眺める
 ことができる。
 ここからは見えないが、西方の沖にある日振島は、彼の父の
 郷里でもあった。

 本堂の前を過ぎるとき、墓参りに来たと思われる長身の白髪の
 男性とすれ違った。

  「…武器はうまく使えたようだな!」
  「えっ…!?」

 驚くべきことに、振り向いた時には既にその男性の姿はなかった。
 悠司は不審に思い、本堂から裏手の墓地へと続く道を引き返した。
 …果たして、その姿はない。
 どこかで会ったような…首を傾げるも、彼はすっかり「あの時」
 の記憶を失念していた…。



 悠司が墓参りを終えようとしていたとき、突然どこかで悲鳴が
 聞こえた!
 …ここからかなり近い場所からの様だ。
 悠司は駐車場に停めていた自分の車に乗り込んだ。

 近所にある宇和津彦神社では、秋の祭礼が催されていた。
 …だが、その辺を行きかう人々の様子がどうもおかしい。

  「し…鹿の化け物だあぁーっ!!」

 …鹿の化け物!?
 悠司はとっさに車を停め、その神社の石段を駆け上がった…!

更新日:2017-01-17 14:17:36

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook