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第2部 2
よく晴れた気持ちのよい朝。ショーコは小鳥たちに交じり歌を歌いながら、洗濯物を干す。
(……)
ふと感じるものがあり、足下を見るショーコ。
と、突然、
(! )
地面から、男性のものと思われる大きなゴツゴツした右手が突き出た。
直後、
(! ! ! )
同じく左手も。
恐怖で後退るショーコ。洗濯カゴに躓き尻もちをつきそうになったところを、誰かに支えられる。
振り向いて見れば、
(っ? )
そこには、タークの2人の部下が無表情で立っており、ショーコは長髪のほうに支えられていたのだった。
ソバカスが横から両手を伸ばし、ガッとショーコの頭を掴むと、見ろ、といった感じで、地面から突き出た手のほうへ、ショーコの顔を強引に向けた。
ショーコの視線の先で、土から突き出た手は、手のひらを地面につける。地面を押さえるように、その手に力が入ったように見えた。
手の少し後方の地面の土が盛り上がる。
そこから、不気味なほど静かに現れたのは、
(タークッ……? )
頭と手だけが地面から出た状態で、タークは、ニタアー、と笑った。
ショーコの体は完全に固まってしまっていた。
動けない。声も出ない。呼吸も、思うようにできない。
そこまでで、ショーコの視界がパッと切り替わった。
目の前に天井。
(……? )
目だけで辺りを見回す。
見慣れた ここは、寝室。体の下には敷布団。上にはタオルケット。
ショーコは、
(…夢……)
大きく息を吐いた。
(また、こんな夢……)
タークとの決着から1ヵ月。このところ、ショーコは こんな夢ばかりみる。
パジャマが、汗でグッショリ濡れている。
着替えようと、ショーコは、ゆっくりと半身起き上った。
本当は風呂にでも入りたいところだが、それは、もう少し我慢。
何とか自分の身の回りのことを出来るくらいまで回復したところなのだ。正直、まだ長時間 起き上がっているのは辛い。1日1回、蒸しタオルでザッと体を拭くのが やっとの状態だ。
起き上がると、右手側、開け放った障子の向こうの縁側で、清次が、取り込んだ洗濯物を畳んでいるのが見えた。
視線を正面に移すと、台所に、夕食の仕度をしているのだろう、貫太の後ろ姿。
(もう、そんな時間なんだ……)
食事とトイレの時くらいしか起き上がらない生活では、時間の感覚が無い。
ショーコは、ゆっくりゆっくり立ち上がり、ヘロヘロと おぼつかない足取りで、寝室内の押入れの前まで歩くと、押入れ内のタンスの中から替えのパジャマを出し、思うようにならない自分の手つきに少々イラつきながら着替えた。
そして、明日 洗濯してもらえるように、汗で汚れたパジャマを、土間の隅、風呂場に通じるドアの前に常に置いてある、汚れた衣類を入れる専用のカゴの中へ入れに行こうと、やはりヘロヘロ、台所のほうへ。
台所の手前まで来たショーコは、貫太に声を掛けようとするが、貫太の包丁を持つ手が止まっていることに気づき、声を掛けるのをやめて、暫し様子を見る。
5秒経過、10秒経過、15秒……。
手だけではなく、まな板に向かった姿勢のまま、全身、全く動く気配がない。
タークとの決着以降、いつの頃からだったか、貫太は時々こうなる。ぼーっとしているような、何か考え込んでしまっているような……。タークとの戦いの精神的ショックが残っているのだろうか?
大人のショーコでさえ、タークとの戦いが原因と思われる夢を頻繁にみるのだから、当然と言えば当然だが……。
そこへ、
「カンちゃん」
勝手口から、有実が顔を覗かせた。
貫太はハッと我に返った様子で、勝手口の有実を見る。
ショーコは咄嗟に、台所の手前の部屋と台所を仕切るための障子の陰に身を隠した。
何も隠れる必要は無いのだが、何となく。
障子に開いた小さな穴から、ショーコは、そっと、貫太と有実を窺った。
有実は貫太のところまで歩き、手にしていた1冊の厚めの本を両手で差し出し、
「はい、これ。和尚さんに借りた本。次、貸してって言ってたでしょ? 私、読み終わったから」
貫太は包丁をまな板の上に置き、手近にあった布巾で軽く手を拭って、体ごと有実のほうを向き、
「ありがとう。でも、明日でもよかったのに」
両手で受け取る。
すると、有実、ちょっと頬を赤らめながらニコッと笑い、
「うん。でも、急にカンちゃんの顔を見たくなっちゃって。本を渡すのは、実は口実」
(さっきまで中村さんちで会ってたばっかのはずなのに……)
有実の言葉に、貫太は実に調子よく、
「やっぱり? 気が合うね。僕も丁度、有実ちゃんに会いたいって思ってたとこだよ」
ニッコリ笑って、恥ずかしげもなく返す。
見つめ合い、微笑み合う2人。
このところ、この2人は、いつもこんな調子だ。見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
(…でも、ちょっといいな……)
(……)
ふと感じるものがあり、足下を見るショーコ。
と、突然、
(! )
地面から、男性のものと思われる大きなゴツゴツした右手が突き出た。
直後、
(! ! ! )
同じく左手も。
恐怖で後退るショーコ。洗濯カゴに躓き尻もちをつきそうになったところを、誰かに支えられる。
振り向いて見れば、
(っ? )
そこには、タークの2人の部下が無表情で立っており、ショーコは長髪のほうに支えられていたのだった。
ソバカスが横から両手を伸ばし、ガッとショーコの頭を掴むと、見ろ、といった感じで、地面から突き出た手のほうへ、ショーコの顔を強引に向けた。
ショーコの視線の先で、土から突き出た手は、手のひらを地面につける。地面を押さえるように、その手に力が入ったように見えた。
手の少し後方の地面の土が盛り上がる。
そこから、不気味なほど静かに現れたのは、
(タークッ……? )
頭と手だけが地面から出た状態で、タークは、ニタアー、と笑った。
ショーコの体は完全に固まってしまっていた。
動けない。声も出ない。呼吸も、思うようにできない。
そこまでで、ショーコの視界がパッと切り替わった。
目の前に天井。
(……? )
目だけで辺りを見回す。
見慣れた ここは、寝室。体の下には敷布団。上にはタオルケット。
ショーコは、
(…夢……)
大きく息を吐いた。
(また、こんな夢……)
タークとの決着から1ヵ月。このところ、ショーコは こんな夢ばかりみる。
パジャマが、汗でグッショリ濡れている。
着替えようと、ショーコは、ゆっくりと半身起き上った。
本当は風呂にでも入りたいところだが、それは、もう少し我慢。
何とか自分の身の回りのことを出来るくらいまで回復したところなのだ。正直、まだ長時間 起き上がっているのは辛い。1日1回、蒸しタオルでザッと体を拭くのが やっとの状態だ。
起き上がると、右手側、開け放った障子の向こうの縁側で、清次が、取り込んだ洗濯物を畳んでいるのが見えた。
視線を正面に移すと、台所に、夕食の仕度をしているのだろう、貫太の後ろ姿。
(もう、そんな時間なんだ……)
食事とトイレの時くらいしか起き上がらない生活では、時間の感覚が無い。
ショーコは、ゆっくりゆっくり立ち上がり、ヘロヘロと おぼつかない足取りで、寝室内の押入れの前まで歩くと、押入れ内のタンスの中から替えのパジャマを出し、思うようにならない自分の手つきに少々イラつきながら着替えた。
そして、明日 洗濯してもらえるように、汗で汚れたパジャマを、土間の隅、風呂場に通じるドアの前に常に置いてある、汚れた衣類を入れる専用のカゴの中へ入れに行こうと、やはりヘロヘロ、台所のほうへ。
台所の手前まで来たショーコは、貫太に声を掛けようとするが、貫太の包丁を持つ手が止まっていることに気づき、声を掛けるのをやめて、暫し様子を見る。
5秒経過、10秒経過、15秒……。
手だけではなく、まな板に向かった姿勢のまま、全身、全く動く気配がない。
タークとの決着以降、いつの頃からだったか、貫太は時々こうなる。ぼーっとしているような、何か考え込んでしまっているような……。タークとの戦いの精神的ショックが残っているのだろうか?
大人のショーコでさえ、タークとの戦いが原因と思われる夢を頻繁にみるのだから、当然と言えば当然だが……。
そこへ、
「カンちゃん」
勝手口から、有実が顔を覗かせた。
貫太はハッと我に返った様子で、勝手口の有実を見る。
ショーコは咄嗟に、台所の手前の部屋と台所を仕切るための障子の陰に身を隠した。
何も隠れる必要は無いのだが、何となく。
障子に開いた小さな穴から、ショーコは、そっと、貫太と有実を窺った。
有実は貫太のところまで歩き、手にしていた1冊の厚めの本を両手で差し出し、
「はい、これ。和尚さんに借りた本。次、貸してって言ってたでしょ? 私、読み終わったから」
貫太は包丁をまな板の上に置き、手近にあった布巾で軽く手を拭って、体ごと有実のほうを向き、
「ありがとう。でも、明日でもよかったのに」
両手で受け取る。
すると、有実、ちょっと頬を赤らめながらニコッと笑い、
「うん。でも、急にカンちゃんの顔を見たくなっちゃって。本を渡すのは、実は口実」
(さっきまで中村さんちで会ってたばっかのはずなのに……)
有実の言葉に、貫太は実に調子よく、
「やっぱり? 気が合うね。僕も丁度、有実ちゃんに会いたいって思ってたとこだよ」
ニッコリ笑って、恥ずかしげもなく返す。
見つめ合い、微笑み合う2人。
このところ、この2人は、いつもこんな調子だ。見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
(…でも、ちょっといいな……)
更新日:2017-01-28 08:27:18