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 少年らしく逞しささえ感じられるようになった貫太(かんた)の背中が、まだ熱を持たない早朝の眩しすぎる光の中、自宅に面した細い坂道を下り、次第に遠く、小さくなっていく。
 門の前で見送るショーコの胸は、キュウッと締めつけられていた。鼻の奥と言おうか、目と目の間の骨と言おうか、とにかく、その辺りに違和感。軽く息も詰まる。貫太を初めて幼稚園に送り出した時の気持ちに似ている。
「お母さん、僕、戦うよ」
貫太が突然、そう切り出したのは、昨日の晩のことだった。そして、急な旅立ち。
 やがて、坂道を下った突き当たり、中村(なかむら)家の前の道を左に曲がり、貫太の姿は完全に見えなくなった。
 それでもなお、立ち尽くすショーコ。
 清次(きよつぐ)が家のほうへ体の向きを変えつつ、不器用に、そっとショーコの肩に手を置き、気遣わしげに口を開く。
「お母さん、もう入ろう。あんまり外にいると、体に良くねえよ」

 
 先に立って家の中へと歩き出す清次のすぐ後に続き、ショーコは、1歩踏み出してから、もう一度、貫太が行った坂道を振り返った。
(戻れたらいいのに……)
貫太がまだ幼かった頃に戻れたら、そして、そのまま時が止まってくれたら……。







更新日:2017-01-09 19:42:25

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