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第1話

 ホームルームの時間になって疲れがどっと押し寄せてこなくなったのは、新学期が始まって一週間が過ぎたからかもしれないと相沢武は考えていた。
 北の大地に吹く春の風は本州に比べればまだ肌寒く、冬眠から目覚めるにはしばし時間がかかる。特に、武には普通の学生と異なって肉体的にも精神的にも疲労していた理由があった。
 本来ならば余裕があるはずの春休みは激動と共に終わり、回復しきれない疲労は新学期の始まり直後から再開された部活と共に上書きされる。
 疲労を見て取った顧問の教師が土日を完全休養にあてたことで、ようやく平日の昼間からうつらうつらと眠くなることはなくなっていた。

(これで何とか、いつものサイクルに戻せそうだ)

 いつものサイクル。勉強、掃除。そして部活。
 中学三年生という学年は更に他のこともしなければいけないのかもしれないが、自分が向き合わなければいけない最低限のことは挙げた三つだろうと考える。
 優先順位をつけるならば、部活、勉強、そして掃除なのかもしれない。

「よーし、終わりのホームルームを始めるぞ」

 授業を終えて去っていく教師と入れ違いに教室へと現れたのは担任教師の庄司だった。引き締まった肉体は国体にも出場したことがあるテニス選手であり、今はバドミントン部の顧問をしている。
 部活でも見ることになる顔が担任教師というのは、今、しっかりしておかなければ部活でチクリとした一言を言われるかもしれないと気が抜けない。最も、クラスで武の様子を見ていたからこそ部活を全面休養にできたということもあるだろうが。

「お前達も新学期が始まって一週間。そろそろ生活リズムも戻ってきただろう。中三は二年までと違って、高校受験があるからな。無駄な時間を過ごすことがない様に、悔いが残らない様に一日一日を過ごすこと」

 庄司の言葉にクラスは「大げさだ」とざわつく。言った本人も自分の言葉に説得力があるとは考えていないのか、軽く流して連絡事項を話し始めた。

(進路……か……)

 武にとって進路の話はけして遠いことではない。
 ちらりと視線を斜め前に向けると、いつも見ている後ろ姿が目に入ってきた。
 小学校からずっと一緒にいた少女、川崎由奈は他のクラスメイトと同じように庄司の話を聞き流しているように見える。その内心を図ることはできないが、武は不安が心の中に広がる。
 今は武と彼氏彼女の関係となった川崎由奈。
 彼女と離れ離れにならなければいけないかもしれないという現実が、今の武にはあったのだ。

「起立。礼!」

 不安をかき消そうと考え込んでいる内に連絡事項も終わり、日直の号令と共にホームルームが終わる。今日は掃除がないからと自分用のロッカーへ用意したラケットバッグを取りに行こうとして、隣の席の男子に声をかけられた。

「なあなあ相沢。お前、やっぱりバドミントンで高校入学するのか?」
「……ん」

 目を煌めかせて尋ねてくるクラスメイトにどう答えたらいいか悩み、武は頭をかいた。

更新日:2018-01-08 22:04:58

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