• 1 / 4 ページ

挿絵 624*468

まどろむように、うつらうつらと浅い眠りの中、ゆっくりと瞼を挙げた。時計を見なくても夜が明けたことは、習慣で理解できている。いつのころからか、記憶にないが、朝の目覚めの時間は一定していた。ふと、隣から聞こえてくる声に頭を起こした。

「っ・・・」

こらえるような、苦痛を押し殺したような声に完全に目が覚めた。

「・・・・・!」

背を向けたたくましい肩が震えていた。
ゆっくりと身体を起こして覗き込んだ。亜麻色の髪が顔にかかっている。

「・・・・アレクセイ・・・」

声をかけてみるが、隣の男は苦痛にゆがむ顔を上げない。

「大丈夫?痛むの?」

ベッドから降りて、まわりこみそっと髪に触れた。それでもきつく目を閉じたままだ。サイドテーブルに置いている水差しからグラスに水を注いで、もう一度声をかけてみる。

「アレクセイ」
「・・・つ・・・」
「おきれる?」

汗に張り付いた髪を指でかき上げると、うっすらと目を開いた。鳶色の瞳がぼんやりと見つめてくる。

「・・・・大丈夫・・だ」

脂汗をにじませながら、かすかにほほ笑んだ。

「お水、・・・飲む?」
「あ・・ああ・・・」

身体を起こそうとするが、傷の痛みで思うようにいかない。熱っぽいのかだるさがある。

「ユリウス・・」
「なに?」

華奢なユリウスが、体格のいいアレクセイの体を支えるように起こした。背中にピローを当てて、安定させる。痛みが落ち着いたのか、アレクセイは大きく息を吐いた。ユリウスが差し出したグラスに唇を当てて、水を一口含んだ。正直、水を飲みにも痛みは走る。肩とわきに銃弾を受けていた。

「痛み止め、飲む?」
「いや、・・・いらん・・・」
「でも、辛そうだよ」

碧がかった瞳が、心配そうにのぞき込んだ。

「まだ、我慢できる」
「がまんすることじゃないよ。辛いなら、辛いって・・・・」
「シベリアに比べりゃ、なんてことない」

口元は笑おうとしているが、額には汗がにじんでいる。

「もう」

頑固だなと思った。
このご時世、薬はかなりの貴重品だ。いざというときに置いておきたいと思うのはわかるが、苦痛にゆがむアレクセイをみると、少しでも楽にしてやりたいと思うのは当然だった。
ユリウスの白い手が伸びてきて、タオルで汗を抜くってくれた。

「ユリウス」
「なに?」

名を呼ばれ、鳶色の瞳を見た。

「すまない・・・な」
「けが人は余計なこと考えなくていいよ」

ユリウスはその手をアレクセイの額に当てた。

「熱があるよ。冷やしたほうがいいね」

立ち上がろうとするユリウスの手を取ったアレクセイが引き寄せ、胸に抱きとめた。

「!・・・アレクセイ」
「しばらく、このままで」
「・・ん」

耳を当てた胸から、アレクセイの心臓の音が聞こえる。
昨夜、アレクセイの部屋に初めて連れてこられた。預けられていたズボフスキーの自宅で、憲兵の捜索によって彼の妻であるガリーナが殺された。
憲兵に襲われた彼女は、床下にいたユリウスを発見されないように声を殺して、暴行を受けおなかの子どもとともに命を落としてしまったのだった。
アレクセイの部屋で、彼の介抱をしながら、話を聞かされた。
ドイツに亡命していたアレクセイがロシアに帰国するとき、一緒に連れていくと約束したのに、置いてきぼりにしたこと。命がけでロシアまで追いかけてきたユリウスを突き放したこと。流刑にされたシベリアでのこと。そこで思い起こすのは、いつもユリウスのこと。生きることを諦めそうになっている自分を励まし、奮い立たせてくれた同志たちの力で脱獄できたこと。
盟友だったミハイルの心中事件で、ユリウスに向き合うことができなくなった自分を再びユリウスを受け入れることができたのはガリーナの愛とズボフスキーの言葉だったこと。
自分たちは、本当に大いなる愛情の中で生きていること。それを忘れることなく、生きていかなければならないと。骨がきしむくらいに、抱きしめられている中で聞かされていた。
アレクセイに抱きしめられている中で、おぼろげに、以前にもこんなぬくもりに委ねたことがあったような気がした。
記憶をなくしていても、心が覚えているようだった。
ここにいてもいいの?あなたのそばにいてもいいの?
何度も問いかけていた。

「もう、離さない、決して」

アレクセイの言葉が心にしみた。ここにいてもいいんだね。あなたのそばに。

「・・・・くっ・・・・」

また、痛みがぶり返したのか、アレクセイが苦悶の声を出した。

「アレクセイ、大丈夫?」

白い手をアレクセイのほほにあてた。
「・・・ああ・・」

ほほに添えられた手を握り、目を閉じた。

「少し眠ったほうがいいよ。眠れる?」
「ああ・・・」

力なく答えると、目を閉じ、体を横たえた。

更新日:2016-11-08 07:41:49

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook