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君影草
分厚いが少しずつ青空をのぞかせるようになってきていた。
春が近くなってきている。
毎日の家事にもずいぶん慣れてきた。市場へ買い出しに行くこともあり、そこで顔見知りもできた。近所の子どもたちと時々遊んだり、その母親たちから料理のレシピを教わったり、庶民の暮らしになじんできたとユリウスは感じてきていた。
相変わらず、アレクセイは帰ってこない日が多い。
生活に慣れてきたものの、部屋で一人で待つのは不安が募ることも事実だった。
アレクセイがユリウスとの間に一定の距離を置いていることも寂しさを増長させていた。
「あの・・・アレクセイ」
「ん?」
昼過ぎに仮眠のために帰宅した彼に声をかけた。
上着を脱いで、ネクタイをほどいていたアレクセイが振り返った。
寝室の扉にユリウスが立っている。窓から差し込む陽の光に照らされた彼女の姿に息をのんだ。
金色の髪が眩しいくらいに輝いている。
あの日、クリームヒルトに扮したユリウスを見た時と同じ、あまりの美しさに呆然とした。
「・・・ぼく、ここにいていいの?」
消え入るような声でつぶやく。
一瞬、ユリウスが何を言っているのか理解できない。
「おまえ、なに言って・・・」
「あなたが毎日かえって来れないのはわかってる。でも・・・」
「でも?」
一番言いたい言葉がのどの奥にあるのに出てこない。
両手の指が白くなるまで握りしめている。
「ユリウス・・・」
すっとアレクセイがユリウスの前に近づいた。
握りしめている彼女の両手を自分の両手で包んだ。
温かく大きな手が彼女の華奢な手を包み、そっと唇を寄せた。
彼の唇が自分の手に触れて、身体がカッと熱くなった。
顔も真っ赤になる。
「あ・・」
「言っただろ?もう、離さないって。スズランが咲いたら、その花をおまえに贈る」
「アレクセイ」
ユリウスの両手を包んだまま片膝をつき、見上げる。
今度はユリウスが呆然とした。
「ユリウス・フォン・アーレンスマイヤ、おれの妻になってください」
「え・・・」
「17歳でおまえと出会ってからずっと、おれの心にいるのはおまえだけだ。おれと共に人生を歩んでくれるか」
「・・・ぼくなんかで、いいの・・・?」
「おまえ以外に誰がいる?」
アレクセイがクスリとほほ笑んだ。
「Да?Нет?」
「・・・あ・・」
鳶色の瞳が見つめてくる。まっすぐにぶれることなくユリウスを見つめている。
みるみる碧がかった青い瞳に涙がたまってきた。ポロリとこぼれた一粒がアレクセイの手に落ちた。
「Да・・・」
艶やかな唇から漏れた言葉にアレクセイのほほが緩んだ。
ゆっくりと立ち上がり、ユリウスをそっと両腕で包んだ。
「ちゃんと伝えてなったから、ずいぶん不安にさせたな。すまなかった。
おまえを避けていたわけじゃない。おれなりにけじめをしていたつもりだったんだが、言葉で伝えなきゃわかるわけないよな」
金色の髪をそっとなでつけながら、言葉をつなげた。
「スズランをおまえに贈るまで、待ってくれるか」
ユリウスの両腕がアレクセイの背中に回り、ぎゅっと抱きしめた。
春が近くなってきている。
毎日の家事にもずいぶん慣れてきた。市場へ買い出しに行くこともあり、そこで顔見知りもできた。近所の子どもたちと時々遊んだり、その母親たちから料理のレシピを教わったり、庶民の暮らしになじんできたとユリウスは感じてきていた。
相変わらず、アレクセイは帰ってこない日が多い。
生活に慣れてきたものの、部屋で一人で待つのは不安が募ることも事実だった。
アレクセイがユリウスとの間に一定の距離を置いていることも寂しさを増長させていた。
「あの・・・アレクセイ」
「ん?」
昼過ぎに仮眠のために帰宅した彼に声をかけた。
上着を脱いで、ネクタイをほどいていたアレクセイが振り返った。
寝室の扉にユリウスが立っている。窓から差し込む陽の光に照らされた彼女の姿に息をのんだ。
金色の髪が眩しいくらいに輝いている。
あの日、クリームヒルトに扮したユリウスを見た時と同じ、あまりの美しさに呆然とした。
「・・・ぼく、ここにいていいの?」
消え入るような声でつぶやく。
一瞬、ユリウスが何を言っているのか理解できない。
「おまえ、なに言って・・・」
「あなたが毎日かえって来れないのはわかってる。でも・・・」
「でも?」
一番言いたい言葉がのどの奥にあるのに出てこない。
両手の指が白くなるまで握りしめている。
「ユリウス・・・」
すっとアレクセイがユリウスの前に近づいた。
握りしめている彼女の両手を自分の両手で包んだ。
温かく大きな手が彼女の華奢な手を包み、そっと唇を寄せた。
彼の唇が自分の手に触れて、身体がカッと熱くなった。
顔も真っ赤になる。
「あ・・」
「言っただろ?もう、離さないって。スズランが咲いたら、その花をおまえに贈る」
「アレクセイ」
ユリウスの両手を包んだまま片膝をつき、見上げる。
今度はユリウスが呆然とした。
「ユリウス・フォン・アーレンスマイヤ、おれの妻になってください」
「え・・・」
「17歳でおまえと出会ってからずっと、おれの心にいるのはおまえだけだ。おれと共に人生を歩んでくれるか」
「・・・ぼくなんかで、いいの・・・?」
「おまえ以外に誰がいる?」
アレクセイがクスリとほほ笑んだ。
「Да?Нет?」
「・・・あ・・」
鳶色の瞳が見つめてくる。まっすぐにぶれることなくユリウスを見つめている。
みるみる碧がかった青い瞳に涙がたまってきた。ポロリとこぼれた一粒がアレクセイの手に落ちた。
「Да・・・」
艶やかな唇から漏れた言葉にアレクセイのほほが緩んだ。
ゆっくりと立ち上がり、ユリウスをそっと両腕で包んだ。
「ちゃんと伝えてなったから、ずいぶん不安にさせたな。すまなかった。
おまえを避けていたわけじゃない。おれなりにけじめをしていたつもりだったんだが、言葉で伝えなきゃわかるわけないよな」
金色の髪をそっとなでつけながら、言葉をつなげた。
「スズランをおまえに贈るまで、待ってくれるか」
ユリウスの両腕がアレクセイの背中に回り、ぎゅっと抱きしめた。
更新日:2016-10-14 18:34:06