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君影草 2

3階の部屋を出て階段を降りる。
薄手のコートを羽織り、買い物かご下げて鼻歌を歌っていると呼び止められた。

「おや、ユリウス、買い物かい?」

2階に住んでいるエゴノアだ。歳は50過ぎくらいか、歳の違わない夫と二人暮らしだ。3人の息子たちはモスクワにいると言っていた。でっぷりと肥えて貫禄がある。大きな声でガハハハッと笑い、面倒見もいい。

「こんにちは。そう、今日はご馳走作るんだ」
「へえ、何かの記念日かい?」
「うん、結婚記念日なの」

少しはにかんで答えた。

ちょうど1年前、アレクセイからスズランを贈られ結ばれた。あれから様々なことがあったが、一つ一つを乗り越えより強い絆が出来たと思っていた。

「へえ、いいねえ。そういや、あんたたち、そろそろできてもいいんじゃないの?」
「?」

ユリウスがきょとんとしている。

「大方一年ってとこだろ?仲もいいことだし」
「まあ、一年になるけど、仲がいいとできる?って?」

素っ頓狂な返しにエゴノアがわはははと笑う。

「何言ってんの。赤ん坊だよ。若くて元気のいい夫婦ならできてもいいんじゃないのかってこと!」
「あかちゃん・・・?」
「そうだよ、あたしたちの頃なんて、一緒になって半年たったらできたたよ」
「そう…なんだ・・・」
「おや、することしてんだろ?」
「は?。。。」

次から次にまくしたてるエゴノアにユリウスは返事もまままならない。いつものこととはいえ、今日はかなり突っ込んでくる。

「こんな別嬪さんの嫁さんもって、アレクセイは幸せだよ。ねえ」
「そう・・・なんですかねえ・・・」
「さっさと子どもをこさえないと、男ってのは締まらないからね」

買い物かごを抱えながら、エゴノアの話を聞いていた。
そういえば、周りは結婚して1年くらいたつと子どもが出来たと言っていた。
大して気にもしていなかったが、愛し合う行為は子孫を残す行為と同じだ。いかに疎いユリウスでもそこは理解している。

「ほしいとはおもっているんだけど・・・」
「おや、そうかい。だったら、せいぜい励むこったね」

ユリウスの肩をバンバンたたいて、階段を降りて行った。
ジンジンとしびれる肩をさすりながら、ユリウスはふと思った。アレクセイから子どもが欲しいと言われたことはない。自分も意識したことはない。この1年は日々の生活に慣れることに精いっぱいで、細かいことを考える余地がなかった。

「アレクセイは、欲しいと思っているのかな・・・」

記憶を無くしているとはいえ、男として生きてきたせいか、女としての自分がいまいちよくわかっていない。確かに、彼に愛されることで湧き上がってくる感情の心地よさに酔いしれる。
自分が女だと思い知らされる。それがたまらなく気持ちがいい。
それと子どもが欲しいという感情とつながらなかったが、世間はそうではないようだ。

アレクセイに聞いてみようと思った。

更新日:2017-04-03 09:51:37

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