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第三話 付き人

 目覚めたときには彼はすでに朝食を作っている最中だった。この狭い部屋の中ベッドは一つしか無いから分からないのだけど、きっと添い寝してくれたわけではないのだろう。

 しばらくまどろんでいるうちに不意に水とおかゆのセットがベッドとほぼ同じ高さの小さな机にぽんと置かれた。

「まだ熱い。落ち着いたらでいい」
「あ、ありがと」

 正直言うと、ぞっとした。こんなに人間的社会的な振る舞いを、今までされたことがなかったからだ。

 これが恋人同士の生活だとしたら、ほんと恋なんてできないんだろうな。上手くいきっこないんだ。心と体がなられない限り、私のように物語に描かれた心と体が全く棲み分けられた理論的な恋にあこがれているようでは、恋なんてきっとできっこないんだ。ふらふらの頭で私は布団の乱れたままのベッドに座っていた。食事を終えた後、いつまでもうつむいて座っていると何度となく横になれと注意される。

 しばらくして、水仕事が一段落したのかぽっちりとため息をつき、

「薬局行ってくる」

と言った。

私は思わず顔を上げて垂れ下がるままの前髪の間から知基を見やった。表情に出ていたのだろう。知基は少々あきれたように笑う。

「そんな顔するな」

こんな部屋に、私を一人にする。どれほどリスクの大きなことだか分からない。それにもっと言うと……

「10分で戻る」彼は不意に近づくと耳元でそうささやいた。それが効果覿面だったのは言うまでも無く、体中の力がごっそりと抜けていった。彼が準備を整えて部屋を出るときもまだ肌に残るかすかな感触にまだ動悸が押さえられないでいた。

更新日:2016-08-16 00:04:40

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