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ザハロフが更に続ける。

「彼女頑張ってるけどさ、やっぱ痛々しくね?ナイフとフォークより重いもの持ったことがないような温室育ちの貴族様でさ、もちろんこっち側に来てくれたのは歓迎するけど・・・ムリだよ、仕事までは。結婚して、おまえが傍にいてやるのがいい」

バン!

アレクセイはとうとう我慢の限界を超し思い切り机を叩くと、怒りに任せて立ち上がった。

「黙って聞いてりゃ勝手なこと言いやがって!いいか?オレは女嫌いでも、ましてや男色家でもない!イワノフ、間違った情報流すな!オレの初恋は兄貴の恋人だった人だ!ザハロフ、彼女はヴァイオリニストだ。楽器はフォークよりは重いわ!」

もの凄い剣幕で一気にまくし立てると、アレクセイは上着を手に事務所を出て行ったのだった。

「・・・コワーイ、フォークはおもろかったけど・・・ちょっと、あんた達言い過ぎよ!義理で結婚なんて、結局二人とも辛くなるだけじゃないさ・・・」

「だってよアナちゃんが気の毒で・・・」

「金髪専門は否定しなかったな・・・」

「あら、そーいえば・・・もう、バカ!」

「・・・アナスタシアさん、気立てのいい人だよな」

それまで黙ってグラスを傾けていたズボフスキーが口を開いた。

「あの二人も子供じゃないんだ・・・もし縁があればその時はなるようになるさ・・・おそらくな、アレクセイには忘れられない想い人がいるんだよ・・・あいつはほんの子供の頃に革命に足を突っ込んじまって、いろんなもの犠牲にしてきてるだろ?だからこそ、きっとどうしても守りたい、貫きたい想いがあるんだろう。そこはそっとしておいてやろうじゃないか」

髭の聖人の最後の言葉はそれぞれの心に気まずく響き・・・それ以降、この三人がこの話題をアレクセイに振ることはなかった。


~~~~~
「ったく・・・どいつもこいつも、人の気も知らないで!くそ・・・」

ラヴロフと別れたアレクセイは、白夜の見物客で賑わう川沿いを歩きながら独りごちた。
〈アナスタシアへの責任〉・・・幼なじみに過ぎなかった彼女が、まさかあんな行動に出るなど、アレクセイにとってはまさに青天の霹靂だった。
自分と出会っていなければ、いや自分が革命に身を投じなければ、彼女が巻き込まれることは確実になかっただろう・・・もちろんそんな考えは、今となっては埒のないことだ。
家も身分も何もかも失った彼女に出来る限りのことをしてやりたい、それは自分の責務だとアレクセイも自覚していた。

今の彼女の状況を見れば、アレクセイとの結婚が当然と周りが考えるのも理解はできた。
昔馴染みの美しく聡明な・・・命の恩人の女と、独り身の自分。
彼女の想いは、あの再会の夜に痛いほどに感じていた。
自分が一歩踏み出せばいいだけなのだと、何度か己に言い聞かせてもみた。

しかし・・・何度かの決意の後彼女に接しても、あの若き日々に感じていた滾るような情熱の炎・・・自分を追い立てれば追い立てるほど種火でさえも起こせないばかりか、エウリディケへの想いを一層募らせる青臭い自分に呆れるアレクセイなのだった。

――いいかげん大人になれよ・・・。


自分を偽れば、結局アナスタシアを傷つけることになる。
アレクセイには、彼女と自分を偽り続ける自信は・・・到底、なかった。





更新日:2017-03-01 21:37:42

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