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ユリウスの回想~幸福のシンボル
「明日、晴れるかな?」
「大丈夫、レオーンのてるてる坊主は効果絶大だもの!」
クラウスとの約束の前日の晩のこと。
ボクがお弁当の下ごしらえをやっと終えてレオーンのベッドを覗くと、ボクと同じ色の瞳はまだパッチリと開いていた。
どうやら明日が楽しみで眠れないらしいので、添い寝しながらおしゃべりに付き合う。
「アレク、もうおじいちゃんちに来てるかなぁ、早く会いたいなぁ」
「そうだねぇ・・・」
「マーマも楽しみ!?」
「え、ええ!?・・・その、あの・・・それは言葉のあやというか・・・相槌というか・・・マーマは別に、その・・・」
「・・・ねえマーマ、パーパがぼくを肩車してくれた時のこと話して?」「レオーン・・・」
少し目がトロンとしてきた愛息の額にキスすると、心はあの頃のボクらの家に帰って行った・・・。
~~~
「パーパ、チョウチョ!あ、まってー!」
「レオーン、転ぶぞ!」
―――キャハハ・・・まってまってー!
ドサッ!
―――ふぇ・・・
「レオーン!?」
「あ・・・テントウムシ、パーパ、ほら!」
「フ、転んでもただでは起きぬか・・・よしよし、頼もしい子だ・・・大きくなったらパーパの分まで、マーマのことをよろしく頼んだぞ、ん?」
夫は、チョウチョを追いかけて走り回りたちまち転んだ息子を抱き起すでもなく、それどころか一緒にしゃがみ込んで何やら手元を眺め、更に息子の小さな頭をクシャクシャと撫でつけている。
―レオニード?
あれは・・・初夏の陽ざし煌くある日の午後のこと。
憶えきるほどしかなかった気がする、親子三人でゆったりと過ごすあなたの休日。
レオーンが走り回るそこはボクら家族の住む離れの裏手、あまり人の手を入れず自然を活かした庭になっていた。
「どうしたの、レオーン?」
「マーマ、ほら!」
「ああ、テントウムシ?かわいいねー」
小さな虫が動き回る息子の小さなふっくらとした掌が愛らしく、レオニードと微笑み合う。
「転んだ拍子に見つけたのだ。おかげで泣かずに済んだな?」
「フフ、転んでもただは起きない?さすがあなたの息子だね!」
「・・・少しもじっとしていないのは、おまえ似だろうな?」
掌にのせたテントウムシを気にしながら、目の前で飛び交う蝶を再び追い始めた息子を見やるレオニードの眼差しは蕩けそうに優しかった。
「あ!言ったね?もう、こんな小さな子供がじっとしている方がおかしいよ!子供は好奇心の塊なんだ、そこからいろんなことを学んでいくんだよ?」
ボクはここぞとばかりの親らしい発言で、ちょっぴり胸を張る。
「そうか・・・ではおまえの行動パターンは子供並みということなのだな」
「もー!どうしてそうなるの?」
あなたったら、いつもボクを子ども扱いしてたよね・・・(でもね、その子供並みの行動パターンが今の生活に役立っているみたい)
でもそんな憎まれ口を言うときのあなたの眼差しは、やっぱりどこまでも優しくて温かくて・・・ふくれっ面で対抗してもすぐに笑顔がこぼれちゃってた。
うんと年上だったあなたにそうやって扱われるの・・・なんだかくすぐったくて、ホントは嬉しかったな。
「パーパ、たかいたかい!」
「よし・・・」
ふいに戻って来て父親を見上げ手を広げて肩車をせがむ息子を、レオニードはヒョイと抱き上げ肩に跨がせ立ち上がった。
「これでよいか?」
「うわぁ!」
そしてレオーンは掌にのせたテントウムシを飛ばそうと、短い腕を空に掲げた。
「バイバーイ、テントウムシさん!」
親子三人で抜けるような青空を見上げ、小さな羽ばたきを見送った。
更新日:2017-08-04 23:37:27