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彷徨える愛・辿りついた愛
「せんぱーい・・・」
「なんだ?ラヴロフ」
仕事の後にアレクセイとラヴロフとで一杯ひっかけての帰り道でのこと。この迂闊物の新人同志は、何やら言いにくそうにモジモジしたのち思い切った。
「あの・・・アナスタシアさんて・・・先輩の元カノって本当ですか?」
ゴチッ!
「ッテ~、何するんすか!いきなりー!」
「バカたれ!いきなりくだらねーこと聞くからだ!」
「だ、だってー支部のみんなが・・・昔馴染みでしかもあんな美人に想われて、鋼の闘志も年貢の納め時だろうって、もしかして結婚・・・イ、テテテッ!」
アレクセイはこれ以上ない渋面で、後輩の耳を引きちぎらんばかりに引っ張り上げる。
「この耳かぁ?そんなアホな噂話聞いちまったのは?んん!?」
「うわぁぁぁ、イテテテテ~ごめんなさーい!」
「母ちゃんの店手伝うんだろ?はよ帰れ、マザコン!」
アレクセイ達が護送列車を襲い助け出したアナスタシアは、その一か月程後には彼らと同じ支部に迎えられ党員として仕事をするようになっていた。
アレクセイだけでなくズボフスキーと他数人の同志の脱獄作戦にも惜しまず援助し協力したボリシェビキの功労者として、党本部からも彼女の今後のサポートの指示も出ており、大貴族の令嬢としての生活しか知らなかった彼女にジーナはもちろん支部の皆も何くれとなく世話を焼き、彼女も一生懸命それに応えようと努力していた。
仕事は主にジーナの補助で、庶民としての生活力もまだないアナスタシアは住まいもジーナのアパートのままだった。
「四六時中一緒じゃ疲れるだろうよ・・・」
ベッドは調達したものの、さすがに陰でジーナへの同情の声が上がり始め・・・と同時に、当人たちは何も言っていないのに〈初恋の男のために健気に献身したアナスタシア〉と極めて真実に近い噂でこちらにも同情が寄せられ、男やもめアレクセイとの縁談話が盛んに囁かれるようになっているこの頃だった。
つい何日か前の、同志イワノフやザハロフ、ブーニンやズボフスキーらとの事務所での飲み方でもアレクセイはさんざん槍玉に挙げられた。
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「なあアレクセイ、ちょいと聞くけどさ・・・おまえさんも金髪専門か?それとも、こいつと一緒で男専門?」
まずはザハロフが、外堀から攻め始める。
「あら~いらっしゃーい!」
「黙れブーニン・・・何だよ、それ」
「いやだって・・・おまえさん、シベリアから帰って来てからだって女にはさっぱり見向きもしないだろ?酒場に行けば一人モテなのにさ。それに・・・あんな美人の幼なじみがおまえの為に体張ってくれたのに、おまえときたら・・・」
答える気にもならないアレクセイは黙ってグラスを煽ると、更にもう一杯を手酌で満たした。
「うふ、アレクセイが帰るまでは酒場じゃあザハっちの一人天下だったものね~」
雲行きの怪しさに、ブーニンが矛先を変えようとザハロフに目配せした。
「おいアレクセイ、おまえ、どうするつもりだよ?」
「だから・・・なにがだよ?」
ここで支部の情報通イワノフがしびれを切らして一気に責め立てる。
「とぼけんなよ、聞いてるぞ?アナスタシアとは幼なじみでお互い初恋の相手なんだろ?健気じゃないか、一途に思い続けた相手を地獄から救うために我が身を顧みず!おまえも独り身だし、一緒になるしかなかろう?言いたかないが・・・それが責任てもんだろ」
アレクセイの表情がそこでグッと険しくなるのを、ズボフスキーは見逃さなかった。
更新日:2017-03-01 21:20:43