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練習曲作品10-3 (ショパン) 「L'intimité」



―――どうだ?おまえが迎える、初めてのロシアの春だぞ。長い長い冬がやっと終わり、実りの季節が来る・・・この国の現状はまだ厳冬だがな・・・ほら、これはサクラだ。美しい花だろう?可憐で愛らしくて、満開になるとひときわ華やかで。まるで、お母さまのようだと思わないか?ん?・・・そうか、やはりおまえもそう思うか・・・。


レオーンがお昼寝の合間に少しだけとピアノの蓋を開けたら、つい時間を忘れて美しい旋律に身を任せていた麗らかな春の日。

愛息のレオーンは生れて六か月が過ぎ、夜や昼間のお昼寝もだいぶ長い時間眠ってくれるようになっていた。
ボクも当初の慢性的な寝不足状態からは解放され、手探りだった初めての育児も、この邸の人々の全面的サポートのお陰もあって新たな生活のリズムと共に少しずつ身についてきたのだった。

―あれ?レオニード、帰っていたんだ!しょうがないなー、またお昼寝中のレオーンを起こして・・・フフ!

ふと視線を春の柔らかな光溢れる窓辺に向けると、レオニードが小さな我が子をその逞しい腕で愛おしげに抱きながら、桜舞い散る庭を散歩していた。
時々、まだ言葉も話さぬ息子に何やら話しかけながら。

忙しい日常が当たり前の彼だったが、ごくたまに早く帰って来ることができた日には一番にレオーンのところに行き、こうして抱き上げ散歩に連れ出したりしてくれる。
朝もあの子が眠っているうちに出かけ夜も眠ってから帰って来て、一日コミュニケーションを取らずに終わってしまうことも少なくないパパーシュカだから・・・息子との時間を、それはそれは大切にしてくれているんだ。
男の子でよかったとあなたは言ったね・・・ふふ、娘だったらパパーシュカの取り合いになっていたかもしれないね。

―ああ・・・母さん・・・見てる?ボクの愛する人と息子だよ!
夫婦と言えるかどうかはわからないけれど・・・彼はずっとボクに寄り添ってくれて、ボク達はとても愛し合って、そしてあの子が生まれたんだ。
ボク、今とても幸せだよ・・・母さん、ボクを産んでくれてありがとう。

かつて幼い頃は、自分の生い立ちとそれを強いた母さんを恨めしく思ったことも少なからずあった・・・。
でもこうして母になった今、心から感謝できる。
魂を燃やし尽くすほど愛した人がいながら、それでもボクを産み母として惜しみない愛を注ぎ育ててくれた・・・ボクは愛する人と共に、母さんに負けないくらい息子を愛し育てていくよ。

サロンのテラスから父子の語らいのひとときを邪魔をしないようにそっと窺っていたら、レオニードが気付いて‘来ないか‘と顎で合図してくれた。
喜び勇んでひょいとテラスを飛び降りると、二人の元へ駈けて行った。

「うわー、桜吹雪だね!綺麗!」

春の日差しが溢れる中、優しい風にピンク色の花弁が舞い踊っている。
思わず手を拡げて、サクラのシャワーを浴びはしゃいだ。

「なぁに?」

レオニードが、まるで呆れたような苦笑いをボクに向けている。

「おまえのお母さまは、お転婆な桜のお姫様だな。ドレスを着てあの高さから飛び降り、こんな速さで駆けて来る女を見たのは初めてだ・・・」

「オックゥ・・・」

レオーンが、まるで父親に相槌を打つように可愛らしい喃語を発すると、反論しかけたボクはレオニードと顔を見合わせふき出した。

「気が合うな、レオーン」

「も~二人していじわる~イーーだ!」

言葉とは裏腹に、クシャクシャの笑顔にしかならない。
そんなボクをレオニードはとびきり優しい瞳で見下ろし、もう片方の腕で抱き寄せてくれた。

そのぬくもりの中でうっとりと目を閉じ噛みしめる・・・幸せな幸せな春の日のひとときを・・・。






更新日:2017-05-22 17:30:23

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