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焔
「南海、どうしたの?顔真っ赤だよ」
「~~~~お奉行!わかってて聞いてますやろ!」
赤面し、涙目で南海はキッと高島屋を睨む。震える手には手書きの紙の束が握られている。
「ええな~、南海さんは。こんなエロい本読むのが仕事やなんて」
「阿保言いなさんな!こないなこと拷問や!他に代わってもらえるなら代わってもらいたいわ…。そもそも僕が担当になったのやって、僕のうろたえるのを見て楽しみたいというお奉行の悪趣味以外の何物でもないんやから…」
羨ましがる大丸に、南海は途方に暮れて肩を落とす。
「嫌だなぁ。可愛い部下にそんな嫌がらせするわけないじゃないか」
ニヤニヤして否定する髙島屋の言葉には説得力はまるでない。部下の南海で遊ぶ悪癖を持つ高島屋は巷では人気の高い有能な南町奉行である。
「僕も一応内容を確認するけど、なにせ他の業務が忙しくてね。部下の誰かに担当させようとしたんだけど…この内容だろ?誰が担当するかで大揉めしてね。唯一興味を示さなかった南海に担当してもらうことにしたんだよ」
「そのおかげで同僚から嫉まれ、陰ではむっつり助平扱いですわ。大体、検閲なんかする必要なんてないのにとんだとばっちりや」
「検閲の必要がない?どういう事です?」
「四ツ目屋から出版される本は幕府批判が顕著なものでない限り、発行を許可する旨の通達がきとるんです。四ツ目屋がわざわざ幕府批判するような本を発行するわけないし、持ち込まれるのがどんなに卑猥な内容だったとしても発行の許可が出とるものをわざわざ読む必要なんてないやろ?」
確かに、男性の性欲を満たすものを扱う四ツ目屋が、わざわざ幕府批判をするような本を扱うわけがない。
「確かになぁ。で、南海様が手にしとるのは何です?」
「…四ツ目屋が発行する次回作や」
「ほんま⁉俺にも読ませてくれ!」
「駄目に決まっとるやろ!」
目を爛々と輝かせ原稿を奪おうとする大丸から、南海は慌てて紙の束を胸に抱え込む。
「なんでーな、吝嗇やなぁ」
「吝嗇とかそういう問題やない」
「じゃあせめてもっとたくさん擦る許可出してくれん?十五両なんか手ぇ出んよ」
「そういうわけにはいかんのです。四ツ目屋の出版物は松坂屋様の口添えがあるからこそ発行許可が下りとるだけで、本来だったらあれだけ過激な内容のものに許可は出せんのです。特例措置やから、あまり大っぴらに部数を摺ると他の草紙屋に示しがつきまへん。係争に発展でもしたら厄介やさかい、今以上の部数の許可はできひんのです」
「南海殿、そのことなんだが、実は今度の舞台、福屋としては四ツ目屋発行の『焔』を題材として扱いたいと思っている」
「あの艶本を⁉」
三越の申し出に南海が声を上げる。
「いや、何もあのまま舞台にするわけじゃない。艶事の場面は一切取り除いても十分面白いものができると思っている」
「なんや、吃驚した」
「瑠美殿から聞いたんですが、あの本は重版、類版、再版の禁止との縛りがあるようですね」
「ええ」
「瑠美殿が言うには、あの作品を舞台の脚本に起こすことが禁止事項に抵触する恐れがあるので南海様に確認をして欲しいと言われて今日は忙しい中お会いしていただいたんです」
「そうでしたか…確かに色事を抜けば問題はないんやけど…でも今度はそれを盾に類版もええやろと突っ込まれかねんしなぁ…」
南海が腕を組み、眉根を寄せて思案を始める。
「お奉行、どないしましょう?」
「いいんじゃない?別に」
黙々と書類に判を押しながら、髙島屋があっさりと許可を出す。
「そんな簡単に。これを許可すると類版を作られる可能性が出てきますよ?」
眉間に皺を寄せる南海に、顔を上げた髙島屋は眉を顰める。
「お前は固いねぇ。そんなの検閲して類版の許可、出さなきゃいいじゃない。どうせあれの類版を作ろうとする輩が色事抜きの原稿を持ち込むとは思えないしね。そもそも、福屋が脚本にするには最初は手書きだろ?手書きの脚本一冊だけで、それを版木に起こさなきゃ何の問題もないじゃない。本を刷ってないんだから。大勢の役者が一冊の脚本で台詞を覚えるのは大変だろうけど、そこは福屋に頑張ってもらうしかないんじゃない?」
「お奉行…相変わらず 悪知恵だけは働きますね」
「そんなんだからお前はすぐに騙されるんだよ」
「僕を騙すのはお奉行だけですけどね」
南海の嫌味を意に介せず、髙島屋は三越に声をかける。
「まあ、そういうわけだ三越。脚本は手書きの一冊のみで版木に起こして本を刷らない。この条件が守れるなら、奉行所としては上演を許可するよ。あとはこの本の作者次第だね」
「~~~~お奉行!わかってて聞いてますやろ!」
赤面し、涙目で南海はキッと高島屋を睨む。震える手には手書きの紙の束が握られている。
「ええな~、南海さんは。こんなエロい本読むのが仕事やなんて」
「阿保言いなさんな!こないなこと拷問や!他に代わってもらえるなら代わってもらいたいわ…。そもそも僕が担当になったのやって、僕のうろたえるのを見て楽しみたいというお奉行の悪趣味以外の何物でもないんやから…」
羨ましがる大丸に、南海は途方に暮れて肩を落とす。
「嫌だなぁ。可愛い部下にそんな嫌がらせするわけないじゃないか」
ニヤニヤして否定する髙島屋の言葉には説得力はまるでない。部下の南海で遊ぶ悪癖を持つ高島屋は巷では人気の高い有能な南町奉行である。
「僕も一応内容を確認するけど、なにせ他の業務が忙しくてね。部下の誰かに担当させようとしたんだけど…この内容だろ?誰が担当するかで大揉めしてね。唯一興味を示さなかった南海に担当してもらうことにしたんだよ」
「そのおかげで同僚から嫉まれ、陰ではむっつり助平扱いですわ。大体、検閲なんかする必要なんてないのにとんだとばっちりや」
「検閲の必要がない?どういう事です?」
「四ツ目屋から出版される本は幕府批判が顕著なものでない限り、発行を許可する旨の通達がきとるんです。四ツ目屋がわざわざ幕府批判するような本を発行するわけないし、持ち込まれるのがどんなに卑猥な内容だったとしても発行の許可が出とるものをわざわざ読む必要なんてないやろ?」
確かに、男性の性欲を満たすものを扱う四ツ目屋が、わざわざ幕府批判をするような本を扱うわけがない。
「確かになぁ。で、南海様が手にしとるのは何です?」
「…四ツ目屋が発行する次回作や」
「ほんま⁉俺にも読ませてくれ!」
「駄目に決まっとるやろ!」
目を爛々と輝かせ原稿を奪おうとする大丸から、南海は慌てて紙の束を胸に抱え込む。
「なんでーな、吝嗇やなぁ」
「吝嗇とかそういう問題やない」
「じゃあせめてもっとたくさん擦る許可出してくれん?十五両なんか手ぇ出んよ」
「そういうわけにはいかんのです。四ツ目屋の出版物は松坂屋様の口添えがあるからこそ発行許可が下りとるだけで、本来だったらあれだけ過激な内容のものに許可は出せんのです。特例措置やから、あまり大っぴらに部数を摺ると他の草紙屋に示しがつきまへん。係争に発展でもしたら厄介やさかい、今以上の部数の許可はできひんのです」
「南海殿、そのことなんだが、実は今度の舞台、福屋としては四ツ目屋発行の『焔』を題材として扱いたいと思っている」
「あの艶本を⁉」
三越の申し出に南海が声を上げる。
「いや、何もあのまま舞台にするわけじゃない。艶事の場面は一切取り除いても十分面白いものができると思っている」
「なんや、吃驚した」
「瑠美殿から聞いたんですが、あの本は重版、類版、再版の禁止との縛りがあるようですね」
「ええ」
「瑠美殿が言うには、あの作品を舞台の脚本に起こすことが禁止事項に抵触する恐れがあるので南海様に確認をして欲しいと言われて今日は忙しい中お会いしていただいたんです」
「そうでしたか…確かに色事を抜けば問題はないんやけど…でも今度はそれを盾に類版もええやろと突っ込まれかねんしなぁ…」
南海が腕を組み、眉根を寄せて思案を始める。
「お奉行、どないしましょう?」
「いいんじゃない?別に」
黙々と書類に判を押しながら、髙島屋があっさりと許可を出す。
「そんな簡単に。これを許可すると類版を作られる可能性が出てきますよ?」
眉間に皺を寄せる南海に、顔を上げた髙島屋は眉を顰める。
「お前は固いねぇ。そんなの検閲して類版の許可、出さなきゃいいじゃない。どうせあれの類版を作ろうとする輩が色事抜きの原稿を持ち込むとは思えないしね。そもそも、福屋が脚本にするには最初は手書きだろ?手書きの脚本一冊だけで、それを版木に起こさなきゃ何の問題もないじゃない。本を刷ってないんだから。大勢の役者が一冊の脚本で台詞を覚えるのは大変だろうけど、そこは福屋に頑張ってもらうしかないんじゃない?」
「お奉行…相変わらず 悪知恵だけは働きますね」
「そんなんだからお前はすぐに騙されるんだよ」
「僕を騙すのはお奉行だけですけどね」
南海の嫌味を意に介せず、髙島屋は三越に声をかける。
「まあ、そういうわけだ三越。脚本は手書きの一冊のみで版木に起こして本を刷らない。この条件が守れるなら、奉行所としては上演を許可するよ。あとはこの本の作者次第だね」
更新日:2016-07-10 14:17:15