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後日談

 初の女性店主ということで注目された四ツ目屋だが、瑠美の経営手腕が秀でていたのもあり、大層繁盛した。限定二十部で発行される高額艶本も出来の良さに毎回予約で完売するほどだった。
 艶本ではなく草子本を!という三越の強い要望を受け、瑠美は渋々草子本も出すこととなる。最も、その草子本にあられもない場面を加えたものを後日艶本として出版することなるのだが、あくまで草子本の類版なのでお上との約束を違えたことにはならないのだった。
 瑠美が一人で切り盛りしていた四ツ目屋もいつしか鸛を出た女たちの再就職先となり、働く人数が増えていく。そして後に瑠美の後継者達が全国に店を構えていくこととなる。
 市井で生きる女性の先駆者となった瑠美だが、生涯、結婚することも子を成すこともなく、店の繁栄に尽力し、数々の商品を開発、大当たりさせていく。また、創作意欲も衰えることがなく、亡くなる前日まで筆を置かなかったという。忙しい毎日を送る彼女だったが、時折訪れる花崎と酒や茶を交わしながら思い出話に花を咲かせることを殊の外、楽しみにしていたようだった。
 生前の瑠美を知る者は皆、口を揃えて彼女をこう評価した。
 頭脳明晰、眉目秀麗で姉御肌の彼女は誰に対しても気さくに声をかけ、非常にやさしい女性だった、と。
そしてその評価には「ただし、試作品の実験台にならない限りは」と付け加えられた。
瑠美が生涯、執筆した作品は百八つ。そのうち一作だけ出版されなかったものがある。一人の漁師が恋人と一人娘を助ける為に苦悩の末に村に火を点ける。が、実はそれは漁師が船の上でまどろんだ一瞬の間に見た夢であり、目が覚めた後は愛する恋人と娘の待つ家でいつものように幸せな時間を過ごすといった内容のこの話の題は『午睡』とあった。
作品は娘の台詞で締め括られている。
「しんとうさま、はなとうさま。お二人ともしあわせ?るみはお二人といっしょにいられてとてもしあわせよ」


                           END

更新日:2016-07-10 14:26:05

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