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第11話 大観覧車~シューマン ピアノ四重奏曲


寄付の手続きをするため、マリア・バルバラと一緒に音楽学校に行った。彼女は、ユリウスが退学し、ロシアに旅立った後も毎年欠かさず、少なからぬ額を寄付していた。街一番の旧家としてのノブレス・オブリージュだけでなく、ただ一人の「弟」の帰りを待ち続ける彼女なりの愛情の表れだったのではないかと、僕は思う。

今年はイザークが校長になったので、例年の倍の金額の小切手をイザークに渡した。イザークは、今年もクリームヒルトに適役の生徒がいないとぼやく。

1904年のクリームヒルトの美しさは今や伝説だ。
「あの時のクリームヒルトは、1000年に一度の天使が舞い降りてきたのさ。」と僕が言うと、イザークも遠い目をしてうなずく。
「1905年のジークフリートも後半は悪くなかったぜ。なんせ相手が天使に交代したからな。」と言ってやると、破顔一笑した。

校長室を出ると、廊下の向こうからピアノ・カルテットが聞こえてきた。シューマンのピアノ四重奏曲の第3楽章だ。合同レッスン室で練習している。
1904年、奴と過ごした最後の夏の休暇、ウィーンで、奴のヴァイオリンと母のピアノ、僕のチェロに、叔父のヴィオラが加わって合奏をした懐かしい曲。チェロとヴァイオリン、ヴィオラが交代で奏でる美しい旋律。今はもう、奴も叔父もこの世にいない。



https://www.youtube.com/watch?v=qCvcLQotSik
【Schumann, Piano Quartet 3rd Movement, played by Emerson String Quartet】




更新日:2020-11-30 00:15:13

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