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ふと遠くに目をやると、ボートの上で奴がユリウスと向き合っているのが見える。当時、ボートは、意中の女性と二人きりになって告白する場所と相場が決まっていた。奴もやっと前に一歩踏み出したなと思って少し安心し、川辺の草地に腰を下ろしてトーマス・マンの続きを読み始めた。

しばらくして、ボートの方を見やると、奴の白いシャツの背中が彼女に覆いかぶさり、たくましい肩越しに彼女の金色の髪がちらりと光って見える。
そうか、さらに進展したな。軽い嫉妬を感じたが、まあ、あれだけ惚れているんだから、めでたいことだなどと思う。
僕には、他人の愛の行為をのぞき見する趣味はないから、また本に目を落として続きを読み始めた。

すると、ザッバーンという水音がし、遠くでボートが転覆している。奴と彼女が必死で岸に向かって泳ぐのが見える。それほど深くないのか、そのうち二人とも少し離れた下流の岸にはい上がった。

ところが、その後のことだった。奴がおい大丈夫かとかなんとか言って彼女の腕をとろうとしたとたん、彼女はその手を振り払って、ものすごい勢いで走り去ってしまった。岸辺に残された奴は、茫然と立ち尽くしている。

いったいどうしたのだろう。僕は奴のいるところへ川岸を歩いていった。

更新日:2016-07-29 00:28:40

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ダーヴィト・ラッセン回顧録 オルフェウスの窓ss Op.5