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小説

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第2章 バラードの記憶

 今日、あいつの口からでた、あの男の名前。あいつとあの男との間にどういう接点があったのだろう。おれの助命嘆願と関係があるのか。だとすると、もしかして、あいつはそのためにあの男の前に身を投げ出したのか。そして、そのまま奴の女として何年も過ごしてきたのか。

 なぜ記憶を失ったのだろう。一応、敵方から来た女だから、念のためガリーナが着替えを手伝う名目で身体チェックをした。後で聞くと、腕に大きな傷跡があるという。傷がつくほどいたぶられたのか。そのショックで記憶を失ったのか。どんなことをされたんだ。無理強いをされたり、激しくなぶられたり…。

 それとも、長い間抱かれているうちにからだが馴染み、おれが知らない甘い喘ぎ声をあげていたのか。想像するのもおぞましい。気が狂いそうだ。なのに、強い怒りのなかに一抹の妙な興奮を感じてしまう男としての自分。
 おれは考えすぎだろうか。しかし、そういったことでもなければ、何年もの間、縁もゆかりもない異国の女にこぎれいな衣服を与えて自分の屋敷においておくだろうか。

 今やおれのことは忘れ、口に出すのは奴の名前。用済みになって捨てられたのに、奴が忘れられないのか。…あの窓の残酷な悲劇とはこれのことか。それとも二度も振り捨てたおれへの罰か。
 おれに突き放され、奴からも捨てられた女。それでも奴の名前を呼ぶ女、生々しい女として、おまえが美しいドイツの光のなかではなく、このロシアの街の裏側の暗く貧しい一角に現れるとは。

更新日:2016-07-07 23:50:42

ショパン・バラード第1番 オルフェウスの窓ss Op.4