「演奏会、大成功だったな。忙しいのに伴奏を引き受けてくれて、ありがとう。イザーク、君にはいろいろ助けられた。」
帰路の途中、別れ際にユリウスは言った。

「良かったよ、君の歌。演奏会も無事成功して、本当に良かった。寄付金もたくさん集まったらしいね。」

普段一緒にいるのに、真正面から彼女に見つめられると、イザークは落ち着かなくなる。それでもユリウスの青い瞳と、気まぐれな気持ちが自分に注がれることは、彼にとってこの上ない喜びだ。

「君のピアノ、とても素晴らしかった。…クラウスのバイオリンと同じ位に。」
「それじゃまた、学校で。」

別れた後も、演奏会の余韻に浸りながらイザークは家路を歩いて行く。


今日は併設する教会へ寄付金を募るための、慈善演奏会があった。毎年６月初めに聖ゼバスティアンの奏楽堂ホールで、生徒の演奏によるチャリティーコンサートが行われる。聖ゼバスティアンにとっては「ニーベルンゲンの歌」の劇と双璧をなす、一大行事だ。奏楽堂は市長始め、町中の名だたる名士が集まり、教会関係者、学校関係者、生徒の父兄で例年通り満員になった。

出演者は教師の推薦を受けた生徒と、生徒の人気投票で選ばれた者から出演が決まる。今年の演目は、モーリッツの『シューベルト・ピアノソナタ』、イザークの『ベートーベン・ピアノソナタ』、クラウスと聖ゼバスティアンのオーケストラで『モーツアルトのバイオリン協奏曲』、聖歌隊とユリウスのソロの『賛美歌』、生徒全員参加の『歌と合奏』だった。

歌の伴奏はもともとヴィルクリヒ先生の担当だった。ベートーベンのソナタを抱えていたが、忙しいヴィルクリヒ先生の代わりにイザークが自分から申し出て、ユリウスの伴奏をすることになった。

彼女が実は女だとクラウスから知らされて、イザークはとても驚く。少女と分かってからは、日増しに彼女に心が傾いていくのを感じた。転入生同士一緒にいることが多いけれど、もっと近くで彼女を感じたい、できることがあれば力になりたいと常に思うようになっていた。

彼女と二人、共に音を紡ぐ。そんな時間はこれ以上ない位、イザークを幸せにした。彼女の澄んだ声、眼差し、その時だけは自分のものになったような錯覚を覚えた。そしてダーヴィトに対して、初めてねたましいような気持ちさえ抱く。輝く金髪、清冽な青い瞳、華奢でほっそりした身体つき。いつだって周囲を引きつける。金髪の天使と言われているユリウスは、イザークのそばにいるのに遠い。



https://www.youtube.com/watch?v=l5cF5GGqVWo
　[J.S.Bach, Ave Maria by Maria Callas]