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尽きぬ思い
あと2、3か月で、この地を離れる。数年過ごしたこの街ともおさらばだ。もう戻ることはない。わずか14歳で故国を追われ、たどり着いた束の間の安息地。いずれ自分のいるべき場所に帰ることくらい、最初から分かっていたはずなのに。その日が近づくにつれて、こんなに気持ちが揺れるとは。どうかしている。
インテリゲンチャが目指すヨーロッパ有数の国家、ドイツ。教えを受けた師や姉替わりの女性、彼らの祖国でもある。広大なだけで、いまだ近代化から立ち遅れた辺境の俺の故国とは異なる。進んだ産業や技術、成熟した社会構造、そして民主的な要素を取り入れた政治形態。何より、より良い社会に向かって歩もうとする希望のある国。不合理な旧態依然の制度に縛られて、特権階級を支える国民の大部分が暮らしにあえいで虐げられている、祖国ロシアとは余りの差だ。
兄が考えていたことは何だったのか。異国での生活に慣れ親しんでも、兄貴が命をかけようとした祖国の未来へと、俺の心は向かわざるを得ない。
豊かな川を抱き、緑あふれる地方都市が点在するドイツ中南部。古代ローマの名残をとどめる古えの街で、音楽を学んだ。初めての学生生活。仮の姿の自分でしかないのに、俺はかつてないほど充実した日々を送った。
多くの学友たちに囲まれて共に語らい、音を奏で、喜怒哀楽とかけがえのない時間を分かち合う。偉大な音楽家たちを育み輩出してきた、精霊の宿るが如き土壌は、よりいっそう音楽への情熱を駆り立てた。俺には許されるはずのない夢を見てしまうほどに。
そして…、ひとりの少女と出会った。彼女の微笑みも、どこか憂えた表情も、俺の心をとらえて揺さぶった。何度も忘れようとしたが、どうしても愛されずにはいられなかった。結ばれることは絶対にあり得ないと分かっていても。
思うまま青春を謳歌できた時代は、おそらく二度とやっては来ない。音楽を学ぶことも、あいつの傍にいることも、もうすぐできなくなる。どんなに離れがたくても諦めるしかない。これが俺の人生なんだ。
まるで身を切られるようなこの気持ち。窓の伝説は本当だったのか。だが別れも告げずに俺は去るだろう。誰よりも彼女の幸福を願いながら。
あと2、3か月で、この地を離れる。数年過ごしたこの街ともおさらばだ。もう戻ることはない。わずか14歳で故国を追われ、たどり着いた束の間の安息地。いずれ自分のいるべき場所に帰ることくらい、最初から分かっていたはずなのに。その日が近づくにつれて、こんなに気持ちが揺れるとは。どうかしている。
インテリゲンチャが目指すヨーロッパ有数の国家、ドイツ。教えを受けた師や姉替わりの女性、彼らの祖国でもある。広大なだけで、いまだ近代化から立ち遅れた辺境の俺の故国とは異なる。進んだ産業や技術、成熟した社会構造、そして民主的な要素を取り入れた政治形態。何より、より良い社会に向かって歩もうとする希望のある国。不合理な旧態依然の制度に縛られて、特権階級を支える国民の大部分が暮らしにあえいで虐げられている、祖国ロシアとは余りの差だ。
兄が考えていたことは何だったのか。異国での生活に慣れ親しんでも、兄貴が命をかけようとした祖国の未来へと、俺の心は向かわざるを得ない。
豊かな川を抱き、緑あふれる地方都市が点在するドイツ中南部。古代ローマの名残をとどめる古えの街で、音楽を学んだ。初めての学生生活。仮の姿の自分でしかないのに、俺はかつてないほど充実した日々を送った。
多くの学友たちに囲まれて共に語らい、音を奏で、喜怒哀楽とかけがえのない時間を分かち合う。偉大な音楽家たちを育み輩出してきた、精霊の宿るが如き土壌は、よりいっそう音楽への情熱を駆り立てた。俺には許されるはずのない夢を見てしまうほどに。
そして…、ひとりの少女と出会った。彼女の微笑みも、どこか憂えた表情も、俺の心をとらえて揺さぶった。何度も忘れようとしたが、どうしても愛されずにはいられなかった。結ばれることは絶対にあり得ないと分かっていても。
思うまま青春を謳歌できた時代は、おそらく二度とやっては来ない。音楽を学ぶことも、あいつの傍にいることも、もうすぐできなくなる。どんなに離れがたくても諦めるしかない。これが俺の人生なんだ。
まるで身を切られるようなこの気持ち。窓の伝説は本当だったのか。だが別れも告げずに俺は去るだろう。誰よりも彼女の幸福を願いながら。
更新日:2017-05-20 10:39:01