官能小説

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妻問

 江戸。それはかつて穢土と呼ばれていた場所。
 男と女が番となり、種を繁殖させていく古くからの習い。いずれの頃からか、その習いが崩れ始めた。生殖機能を損う女の増加と出産率の低下、それに伴う人口の減少。
 幕府はその対策として女の生殖管理を始める。齢7つを迎えた女児は例に漏れず幕府の管理下に置くことを義務付けた。管理下に置かれた女児は高等教育を受けながら、体が成熟するのを待つ。そして出産可能な年齢を迎えると、妊娠しやすい時期を狙って月に数回、性交渉を持つ。そして基本的には出産適齢期を終えるまで性交と出産を繰り返すこととなる。
 基本的といったのは、物事には例外があるからだ。いくつかの例外にあたるのが以下の要綱である。
 一つ、一定人数の出産を行った者。
 一つ、幕府に一定の金子を納めた者の妻になる者。
 一つ、生殖機能を損う者。
 出産適齢期を迎えて初めて自身に子を孕む能力がないと判明するものが一定数を占めた。この石女と呼ばれる者達は僅かな金子と共に今まで住んでいた屋敷「鸛(こうのとり)」を追放される。彼女たちの行く末は様々だが、最たるものは尼僧となり寺で生涯を終える者であった。
 昔は尼僧専用の寺があったそうだが、江戸と改名されて以降は男女問わず同じ寺にて寝食を共にしていた。かつて僧の破戒の一つに「女犯」というものがあったが次第に形骸化し、今では互いの同意の下、まぐわうのが一般的となっていた。
 今の時代、自由恋愛ができるのは皮肉にも子を成せぬ女だけであった。
 尼僧たちの勤めの一つに孤児院の運営があった。ここでは引き取り手のなかった男児を成人、もしくは養子縁組が決まるまで育て上げるのだった。
この孤児院に一人、寺の前に捨てられていた経緯でこちらの世話になった男がいた。誰かの妻になったものが出産したのか、はたまた石女(うまずめ)として追放された者が何らかの理由で孕んだのか。いずれにせよ、捨て子という稀有な存在の男児は松屋と名付けられ、大事に育てられた。覚えも良く、心根の優しい松屋はいずれ僧正を継ぐ者として厳しい修行に励んでいたのである。
 そんな将来有望な若僧の前に頭を下げて座するのが、時の寺社奉行、松坂屋尾張守祐道であった。
「ちょ…っ!お奉行様、やめてください!頭をお上げください!」
 寺社を束ねる寺社奉行がいち僧に頭を下げる事態に松屋は困惑する。
「許せも何も、僕は身を仏に捧げた身です。仏に仕える者を束ねるお奉行様の命令は御仏のお導きも同じこと。お奉行様が僕に頭を下げる道理はどこにもございません」
 品行方正、公明正大と名高い寺社奉行の松坂屋は全国の僧達からも信頼が厚い。そんな彼が道理に反した無理難題を言うとは思わなかったし、もしそうであれば、それはやむにやまれぬことだとわかっていた。
「松屋……」
 顔を上げた松坂屋は目元を赤くして眉根を寄せる。
「そのような顔をなさらないでください。僕は大丈夫ですから、そうお気になさらず命じて下さい」
 松屋が微笑んでそう促せば、意を決したように松坂屋が「実は…」と口を開いた。
 その瞬間―。
「松屋さん!迎えに来ましたよ!」
 ばんっと勢いよく襖が開くと、そこから息せき切った東武が笑顔で駈け寄ってくる。
「ちょ…東武!控えててって言ったろ?これから事情を説明するんだから!」
 焦る松坂屋をものともせず松屋の下に膝を折ると、東武は松屋の手を取り笑顔で告げた。
「松屋さん、僕のお嫁さんになってください!」
「は?お前なに言って……?」
 今まで散々繰り返された東武からの求婚。その都度、出家を理由に断ってきた自分。寺社奉行を前に求婚してくる意味が分からない。が、なんだかとてつもなく嫌な予感がする。
 はっとして松屋が松坂屋を見ると、松坂屋は気の毒そうに口を開いた。
「松屋。本日付で還俗し、寺社奉行吟味物調役東武との婚姻を命ずる」
 そう言われた途端、松屋の視界が真っ暗になり、現実逃避をするかのように意識を手放した。

更新日:2016-05-22 01:25:45

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