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江戸市中連続殺人事件
「またコロシやて?今月入っていったい何人目や!」
部下にせかされ渋々現場に向かう。そもそも、自分の管轄ではない地域なのに、なぜか凶悪事件になると皆、南海に報告に来るのだ。
外見で凶悪犯罪が平気だと決めつけるのを、ほんま勘弁してほしい。
「南海様、こちらです」
そう促され、南海はおそるおそる荒菰(あらこも)をめくる。
うわぁ、出おった。
出てきたのは無数の切り傷がある男の死体。
「巷で起きている一連の事件と同じ手口やな」
吐き気を必死で堪えながら死体を検分する。不思議なことに、深い切り傷があるものの、血が流れた形跡はない。いったいどうやったらこんな風に人が殺せるものだろうか。
「まずは身元の判明。身元が割れたら聞き込みやな。目撃情報があればええんやけど…」
いくつか指示を出し、南海は足早に現場を後にする。
「疲れた」
基本的にこの仕事は精神的にくるものがある。本来、自分は書類仕事をしているほうが性に合っているのだ。それなのに、この容姿のせいで意に添わぬ仕事ばかり舞い込んでくる。このままではいつか火付盗賊改方に組み込まれるのではないか、そんな心配が去来する。
今日もうだるような暑さだ。できることなら茶屋で冷やしあめでも飲みたいところだが、店の迷惑になることが分かっていて暖簾をくぐる勇気はない。
「あれ、南海様じゃないですか。お仕事ですか?」
暑さと精神的疲労で通常の三割増し人相が悪くなっている南海に、笑顔で音が声をかけてくる。
「音殿」
「何だかお疲れみたいですけど、大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫です。音殿こそ今日はどちらへ?」
「実はこの暑さで雷が夏バテ気味で。どうやら寝つきが悪いみたいなんですよね。なので二幸様にお薬をいただいた帰りなんです」
「そうでしたか」
「そうだ、南海様。もしよろしければ、そこの茶屋で甘味などいかがですか?」
「いえ、自分は……」
「すみません。ご迷惑ですよね」
音がしょんぼりと肩を落とす。
「いえ、音殿が迷惑なのではなく…私が迷惑をかけてしまうので」
音に勘違いさせてしまうのは心が痛み、この人相で周囲を怖がらせ店に誰も寄り付かなくなり結果、営業妨害に繋がるので店で飲食はしない旨をぼそぼそと伝える。
「そうなんですか?」
きょとん、とする音につい恨みがましい視線を向けてしまう。
「見たらわかるやないですか」
「わかんないですよ。だって私も雷も、南海様の事怖いって思ったことないですもん」
「そういう気休めはいいです」
「気休めじゃないですよ。だって南海様は初めて会った時から私と雷の目を見て話して下さったでしょう?白い眼で見たり、悪しき様に罵ったり、殴ったりだってしなかったじゃないですか」
無邪気に笑う音に思わず息を飲む。
「旦那様が人買いから私たち二人を世話係として買ってくれなかったら、今頃どうなっていたか。廓の中でさえ、二人揃って顔を晒すことはできなかったんですよ。そんな自分たちに旦那様は役者として生きる道を拓いて下さいました。今でも同じ顔を気味悪がる人はいますけど、昔に比べたらずいぶん減りました」
双子として生まれ育った雷と音の周りには、三越に出会うまで優しい大人などいなかったのだ。彼らを忌まわしき存在として罵って殴る者しか。こんなに素直で可愛いのに、双子というだけで辛酸を舐めねばならなかった二人の人生を思うと目頭がじんっと熱くなる。
「やっぱり、南海様は優しいです」
普通なら泣くのを堪える南海を怒っていると勘違いするのに、音はそっと袂から手ぬぐいを取り出し、差し出してくる。
「かたじけない」
音から手ぬぐいを受け取り、そっと目頭を押さえる。
「それに、雷と言ってたんですよ。南海様は甘いものを召し上がってる時、すごい可愛いねって」
「可愛い⁉」
生まれて初めて言われた言葉に、体が固まる。
「ご自分では気づいてないんですか?南海様、甘いものを目の前にしてる時、子供みたいに目をキラキラさせてるんですよ。口に入れるとすごい幸せそうな顔をなさって…」
ふふふ、と思い出し笑いをする音のほうがよっぽど可愛いと思う。それに、音が言う可愛い、は一般的な意味とはかけ離れているのだろう。それでも、怖いといわれるよりよっぽど嬉しかった。
「南海様はいつも難しい顔をされてるから誤解されるんじゃないですか?もっと笑えばいいのに」
「笑うともっと怖いんや」
「全然怖くないですよ。私も雷も、優しい南海様の事大好きですもん」
大好き、そんな好意的な言葉を現実に聞けるとは思わなかった。ますます目頭が熱くなる。
世の中に自分を怖いと思わない人間がいる、それどころか好きだと思ってくれるそれだけで満たされる気がした。
部下にせかされ渋々現場に向かう。そもそも、自分の管轄ではない地域なのに、なぜか凶悪事件になると皆、南海に報告に来るのだ。
外見で凶悪犯罪が平気だと決めつけるのを、ほんま勘弁してほしい。
「南海様、こちらです」
そう促され、南海はおそるおそる荒菰(あらこも)をめくる。
うわぁ、出おった。
出てきたのは無数の切り傷がある男の死体。
「巷で起きている一連の事件と同じ手口やな」
吐き気を必死で堪えながら死体を検分する。不思議なことに、深い切り傷があるものの、血が流れた形跡はない。いったいどうやったらこんな風に人が殺せるものだろうか。
「まずは身元の判明。身元が割れたら聞き込みやな。目撃情報があればええんやけど…」
いくつか指示を出し、南海は足早に現場を後にする。
「疲れた」
基本的にこの仕事は精神的にくるものがある。本来、自分は書類仕事をしているほうが性に合っているのだ。それなのに、この容姿のせいで意に添わぬ仕事ばかり舞い込んでくる。このままではいつか火付盗賊改方に組み込まれるのではないか、そんな心配が去来する。
今日もうだるような暑さだ。できることなら茶屋で冷やしあめでも飲みたいところだが、店の迷惑になることが分かっていて暖簾をくぐる勇気はない。
「あれ、南海様じゃないですか。お仕事ですか?」
暑さと精神的疲労で通常の三割増し人相が悪くなっている南海に、笑顔で音が声をかけてくる。
「音殿」
「何だかお疲れみたいですけど、大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫です。音殿こそ今日はどちらへ?」
「実はこの暑さで雷が夏バテ気味で。どうやら寝つきが悪いみたいなんですよね。なので二幸様にお薬をいただいた帰りなんです」
「そうでしたか」
「そうだ、南海様。もしよろしければ、そこの茶屋で甘味などいかがですか?」
「いえ、自分は……」
「すみません。ご迷惑ですよね」
音がしょんぼりと肩を落とす。
「いえ、音殿が迷惑なのではなく…私が迷惑をかけてしまうので」
音に勘違いさせてしまうのは心が痛み、この人相で周囲を怖がらせ店に誰も寄り付かなくなり結果、営業妨害に繋がるので店で飲食はしない旨をぼそぼそと伝える。
「そうなんですか?」
きょとん、とする音につい恨みがましい視線を向けてしまう。
「見たらわかるやないですか」
「わかんないですよ。だって私も雷も、南海様の事怖いって思ったことないですもん」
「そういう気休めはいいです」
「気休めじゃないですよ。だって南海様は初めて会った時から私と雷の目を見て話して下さったでしょう?白い眼で見たり、悪しき様に罵ったり、殴ったりだってしなかったじゃないですか」
無邪気に笑う音に思わず息を飲む。
「旦那様が人買いから私たち二人を世話係として買ってくれなかったら、今頃どうなっていたか。廓の中でさえ、二人揃って顔を晒すことはできなかったんですよ。そんな自分たちに旦那様は役者として生きる道を拓いて下さいました。今でも同じ顔を気味悪がる人はいますけど、昔に比べたらずいぶん減りました」
双子として生まれ育った雷と音の周りには、三越に出会うまで優しい大人などいなかったのだ。彼らを忌まわしき存在として罵って殴る者しか。こんなに素直で可愛いのに、双子というだけで辛酸を舐めねばならなかった二人の人生を思うと目頭がじんっと熱くなる。
「やっぱり、南海様は優しいです」
普通なら泣くのを堪える南海を怒っていると勘違いするのに、音はそっと袂から手ぬぐいを取り出し、差し出してくる。
「かたじけない」
音から手ぬぐいを受け取り、そっと目頭を押さえる。
「それに、雷と言ってたんですよ。南海様は甘いものを召し上がってる時、すごい可愛いねって」
「可愛い⁉」
生まれて初めて言われた言葉に、体が固まる。
「ご自分では気づいてないんですか?南海様、甘いものを目の前にしてる時、子供みたいに目をキラキラさせてるんですよ。口に入れるとすごい幸せそうな顔をなさって…」
ふふふ、と思い出し笑いをする音のほうがよっぽど可愛いと思う。それに、音が言う可愛い、は一般的な意味とはかけ離れているのだろう。それでも、怖いといわれるよりよっぽど嬉しかった。
「南海様はいつも難しい顔をされてるから誤解されるんじゃないですか?もっと笑えばいいのに」
「笑うともっと怖いんや」
「全然怖くないですよ。私も雷も、優しい南海様の事大好きですもん」
大好き、そんな好意的な言葉を現実に聞けるとは思わなかった。ますます目頭が熱くなる。
世の中に自分を怖いと思わない人間がいる、それどころか好きだと思ってくれるそれだけで満たされる気がした。
更新日:2016-04-10 23:08:31