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「霊験あらたかなお守りですよ。多産児は何かと悪いものが憑きやすい。赤は雷さん、黒は音さんに」
そういって東武は二人に守り袋を差し出す。だが、彼には二人の区別がつかないようだ。黒を雷に、赤を音に差し出している。二人もわざわざ訂正するのは面倒なのか、ありがとうございます、とそのまま受け取っていた。
「さて、夜も更けたことですし、そろそろ失礼します」
東武の声に、南海もあわてて腰を上げる。すっかり長居をしてしまった。
「三越殿、この詫びは今度」
「いいえ、もとはといえば怪談が苦手な南海様をここによこしたお奉行が悪いんです。詫びならお奉行からきっちりいただきますのでお気になさらず。お二人とも、お気をつけて」
夜更けまで迷惑だったろうに、三越は気にしたそぶりも見せず、東武と南海に提灯を持たせて送り出す。新月のせいか、辺りの闇はより一層深かった。
「そういえば東武殿、先ほど言っていた多産児には悪いものが憑きやすいっていうのは本当なのですか?」
「南海様は多産児がどうして生まれるのかご存じないのですか?」
南海の質問に、東武は目を丸くして質問で返す。
「寺子屋でそういったことを学ぶのは一般的ではありませんし、僕の仕事においても必要とする知識ではないので」
そもそも、縁起の悪いとされている事例を表立って口にする者はいない。一般的に知られていない地域伝承の類など、本来禁忌とされているのではないか、と南海は思う。まあそういった事柄を収集するのが仕事の学者にとっては、禁忌とそうでないものの垣根がなくなっているのかもしれないが。
「多産児の第一子が不吉とされる所以は、獣のように一度に複数の子を出産するのが不吉、兄を差し置いて弟が先に世に出てくるのが不吉、との以上二点が主です。多くの子の誕生を望む場合、むしろ一度に複数の子を成せたほうが効率がいいのに、何故不吉と言われるのか不思議に思ったことはありませんか?特に先に出てきたほうが弟など、どう考えても不自然な理由です」
闇夜に浮かぶ提灯の明かりに照らされる東武の横顔は、この世のものではないような不気味さが漂う。
「世の中は多くの謎に満ち満ちている。あったことをなかったことにはできない、だから古より人は起きてしまった出来事を隠すため、真と嘘を織り交ぜて新しい事実を作り後世に伝える。されど所詮嘘は嘘。どうしたって綻びができる。それが謎として目の前に現れるのです」
ざざーっと生暖かい風が吹き、ふっと提灯の火が消える。
「南海様は思ったより人がよろしい。嘘と真をふるいにかける時、必ずや犠牲が出ます。今回は少々大掛かりになりそうですので、くれぐれもお気を付けください」
「東武殿?」
消えたはずの火が再び点いてゆらり、と辺りを照らすと、そこにはもう東武の姿はなかった。
そういって東武は二人に守り袋を差し出す。だが、彼には二人の区別がつかないようだ。黒を雷に、赤を音に差し出している。二人もわざわざ訂正するのは面倒なのか、ありがとうございます、とそのまま受け取っていた。
「さて、夜も更けたことですし、そろそろ失礼します」
東武の声に、南海もあわてて腰を上げる。すっかり長居をしてしまった。
「三越殿、この詫びは今度」
「いいえ、もとはといえば怪談が苦手な南海様をここによこしたお奉行が悪いんです。詫びならお奉行からきっちりいただきますのでお気になさらず。お二人とも、お気をつけて」
夜更けまで迷惑だったろうに、三越は気にしたそぶりも見せず、東武と南海に提灯を持たせて送り出す。新月のせいか、辺りの闇はより一層深かった。
「そういえば東武殿、先ほど言っていた多産児には悪いものが憑きやすいっていうのは本当なのですか?」
「南海様は多産児がどうして生まれるのかご存じないのですか?」
南海の質問に、東武は目を丸くして質問で返す。
「寺子屋でそういったことを学ぶのは一般的ではありませんし、僕の仕事においても必要とする知識ではないので」
そもそも、縁起の悪いとされている事例を表立って口にする者はいない。一般的に知られていない地域伝承の類など、本来禁忌とされているのではないか、と南海は思う。まあそういった事柄を収集するのが仕事の学者にとっては、禁忌とそうでないものの垣根がなくなっているのかもしれないが。
「多産児の第一子が不吉とされる所以は、獣のように一度に複数の子を出産するのが不吉、兄を差し置いて弟が先に世に出てくるのが不吉、との以上二点が主です。多くの子の誕生を望む場合、むしろ一度に複数の子を成せたほうが効率がいいのに、何故不吉と言われるのか不思議に思ったことはありませんか?特に先に出てきたほうが弟など、どう考えても不自然な理由です」
闇夜に浮かぶ提灯の明かりに照らされる東武の横顔は、この世のものではないような不気味さが漂う。
「世の中は多くの謎に満ち満ちている。あったことをなかったことにはできない、だから古より人は起きてしまった出来事を隠すため、真と嘘を織り交ぜて新しい事実を作り後世に伝える。されど所詮嘘は嘘。どうしたって綻びができる。それが謎として目の前に現れるのです」
ざざーっと生暖かい風が吹き、ふっと提灯の火が消える。
「南海様は思ったより人がよろしい。嘘と真をふるいにかける時、必ずや犠牲が出ます。今回は少々大掛かりになりそうですので、くれぐれもお気を付けください」
「東武殿?」
消えたはずの火が再び点いてゆらり、と辺りを照らすと、そこにはもう東武の姿はなかった。
更新日:2016-04-10 23:06:05