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東武の褒美
事の発端は二年前の冬だった。越後屋の人気太夫、三越を斬りつけた男が変死体で発見された。表向きは首動脈切断による自死となっているが、実際は体中切り傷だらけの流血痕のない状態だった。
事件はすぐさま寺社方へと回され、調査が開始された。死体の状態からすぐにかまいたちによるものと判明され、悪霊関係と推察した松坂屋は取り急ぎ、管轄の祠や社で封印の破られたものがないか調査を開始。たまたま東武が動いていた別件の霊が原因だとわかり、今回の運びとなったのだった。
「髙島屋、ご苦労だったね。おかげで無事に事件を解決することができた。それにしても南海に何の説明もしなかったんだって?あんまり我儘言ってると今に嫌われるよ?」
松坂屋は霊の封じられた行李を手に、不機嫌そうに盃を煽る髙島屋を心配そうにうかがう。
「我儘?どこが?今までだって必要最低限しか説明なんてしてませんよ。なのに今回に限って納得いかないなんて言って命令違反したんだ、不機嫌にもなるでしょう?」
「そんなこと言って。もし南海が必要ないって言うならこっちに返してもらうよ?元々寺社方なんだし」
「南海が帰りたいって言うならいつでもお返ししますよ。そんなことより、福屋の巡業の件、どうするんです?今回、三越さんかなり怒ってましたよ?」
「ああ…音も当初の予定と違い、ずいぶん深手を負わせちゃったしね。改めてお詫びに行かないといけないなぁ」
松坂屋は手の内にある行李を優しく撫でる。
「巡業の方はきちんとこいつを成仏させれば条件付きで許可を出せるよ。流石に今はまだ大っぴらに双子殺しの風習を撤廃するわけにはいかないけどね」
そんなことよりもっと大きな問題が残ってる、と松坂屋が大きくため息をついた。
「東武の褒美、どうしよう…」
「褒美?」
「そうだよ。元々あいつ、仕事熱心だけど、自分が興味のあるネタ追いかけて年に一度の定期連絡以外めったなことじゃこっちに帰ってこないし、帰ってきても報告になんて来ないからね。余程緊急の案件でない限り、仕事の優先順位を変えたりしない。そんな東武にすべての案件を後回しにしてこっちを処理してもらったんだ。東武が首を縦に振らなかったら、それこそ音殿ごと斬り捨てて遺体ごと祠にでも封印するしかなかったからね」
「東武は今回の仕事を引き受ける条件に何を言ったんです?」
「…とある僧の還俗と、彼との婚姻」
「僧との結婚?」
本来、出家した僧は一生独り身で終える。だが、還俗していち市民に戻れば結婚は可能だった。ただし、生涯仏に仕える身として俗世を捨てたものが簡単に還俗することは許されず、所属する寺の大僧正の許可と多額の寄付金が必要となる。
「問題はね、高島屋。この条件を飲むにあたって、当事者の許可を全く得ていないってことだよ」
「許可を得ていないって……じゃあその坊主は自分が還俗することも、東武の嫁になることも全く知らないってことですか⁉」
あの変わり者の東武の嫁になることを勝手に決定されるなんていくら何でも気の毒すぎる。
「温和な松坂屋さんにしては強引なやり口ですね」
「仕方なかったんだ。今回の作戦にはどうしても東武の力が必要だったし、東武の方はこの条件以外は頑として受け付けなかったんだから。もうこうなったら、彼も東武と知らない仲じゃないし、情に厚い男だから最終的には受け入れてくれるんじゃないかな…という可能性にかけた。というか、かけるしかない!」
「そんな無茶な」
「だってあの東武の初恋の君だよ?子供のころからずっと追いかけてるんだから、今回のことがなくてもいい加減絆されて将来嫁に行くかもしれないって思えば、遅かれ早かれじゃないか」
「東武にそんな十何年も追いかけられているのに首を縦に振らないんですよね?僧でいる限り、どんなに言い寄られても結婚できないなら、むしろ聖職でいることが東武から逃れる最後の砦とも言えるんじゃないですか?」
自分を誤魔化すように言葉を並べる松坂屋に、高島屋がしれっと言い返す。
「そんなこと言わないでよ……」
松坂屋は年の割に幼い顔を手で覆うと、途方に暮れて項垂れる。
「あー、松屋になんて言おう」
事件はすぐさま寺社方へと回され、調査が開始された。死体の状態からすぐにかまいたちによるものと判明され、悪霊関係と推察した松坂屋は取り急ぎ、管轄の祠や社で封印の破られたものがないか調査を開始。たまたま東武が動いていた別件の霊が原因だとわかり、今回の運びとなったのだった。
「髙島屋、ご苦労だったね。おかげで無事に事件を解決することができた。それにしても南海に何の説明もしなかったんだって?あんまり我儘言ってると今に嫌われるよ?」
松坂屋は霊の封じられた行李を手に、不機嫌そうに盃を煽る髙島屋を心配そうにうかがう。
「我儘?どこが?今までだって必要最低限しか説明なんてしてませんよ。なのに今回に限って納得いかないなんて言って命令違反したんだ、不機嫌にもなるでしょう?」
「そんなこと言って。もし南海が必要ないって言うならこっちに返してもらうよ?元々寺社方なんだし」
「南海が帰りたいって言うならいつでもお返ししますよ。そんなことより、福屋の巡業の件、どうするんです?今回、三越さんかなり怒ってましたよ?」
「ああ…音も当初の予定と違い、ずいぶん深手を負わせちゃったしね。改めてお詫びに行かないといけないなぁ」
松坂屋は手の内にある行李を優しく撫でる。
「巡業の方はきちんとこいつを成仏させれば条件付きで許可を出せるよ。流石に今はまだ大っぴらに双子殺しの風習を撤廃するわけにはいかないけどね」
そんなことよりもっと大きな問題が残ってる、と松坂屋が大きくため息をついた。
「東武の褒美、どうしよう…」
「褒美?」
「そうだよ。元々あいつ、仕事熱心だけど、自分が興味のあるネタ追いかけて年に一度の定期連絡以外めったなことじゃこっちに帰ってこないし、帰ってきても報告になんて来ないからね。余程緊急の案件でない限り、仕事の優先順位を変えたりしない。そんな東武にすべての案件を後回しにしてこっちを処理してもらったんだ。東武が首を縦に振らなかったら、それこそ音殿ごと斬り捨てて遺体ごと祠にでも封印するしかなかったからね」
「東武は今回の仕事を引き受ける条件に何を言ったんです?」
「…とある僧の還俗と、彼との婚姻」
「僧との結婚?」
本来、出家した僧は一生独り身で終える。だが、還俗していち市民に戻れば結婚は可能だった。ただし、生涯仏に仕える身として俗世を捨てたものが簡単に還俗することは許されず、所属する寺の大僧正の許可と多額の寄付金が必要となる。
「問題はね、高島屋。この条件を飲むにあたって、当事者の許可を全く得ていないってことだよ」
「許可を得ていないって……じゃあその坊主は自分が還俗することも、東武の嫁になることも全く知らないってことですか⁉」
あの変わり者の東武の嫁になることを勝手に決定されるなんていくら何でも気の毒すぎる。
「温和な松坂屋さんにしては強引なやり口ですね」
「仕方なかったんだ。今回の作戦にはどうしても東武の力が必要だったし、東武の方はこの条件以外は頑として受け付けなかったんだから。もうこうなったら、彼も東武と知らない仲じゃないし、情に厚い男だから最終的には受け入れてくれるんじゃないかな…という可能性にかけた。というか、かけるしかない!」
「そんな無茶な」
「だってあの東武の初恋の君だよ?子供のころからずっと追いかけてるんだから、今回のことがなくてもいい加減絆されて将来嫁に行くかもしれないって思えば、遅かれ早かれじゃないか」
「東武にそんな十何年も追いかけられているのに首を縦に振らないんですよね?僧でいる限り、どんなに言い寄られても結婚できないなら、むしろ聖職でいることが東武から逃れる最後の砦とも言えるんじゃないですか?」
自分を誤魔化すように言葉を並べる松坂屋に、高島屋がしれっと言い返す。
「そんなこと言わないでよ……」
松坂屋は年の割に幼い顔を手で覆うと、途方に暮れて項垂れる。
「あー、松屋になんて言おう」
更新日:2016-04-30 23:45:44