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第3章

「そうではないというのか それならば、そうでないという根拠を示せ」
 浮かんだ推測を男に見透かされて、うろたえた翔梧は思わず大きな声を出した。
 離れた所にいる翔一が声を聞きつけて僅かに翔梧を見る。
姿の見えない男の声はなおも続いた。
“落ち着いて考えるがいい。お前は先ほど頭の中に描いたではないか。
 車は砂利を噛んで「ザザザッ」という悲鳴に似た音をたて、砂ぼこりを巻き上げながら一直線に谷へ、と。運転手の証言が正しければ、ブレーキは利いたということだ”
 男の指摘に翔梧はアッと声をあげる。
――当時、ブレーキの故障という話が少しも出なかったのはそういう理由だったのか。
 事故調査ではブレーキが効いたかを当然調べているだろうから、男の指摘は確かだ。
 翔梧は納得するしかない。しかも事故は、五箇山へ向かう途中ではなく帰りに起きた、と今更のように気が付く。
 帰り道であれば何も急ぐことは無い。運転に疲れたようなら途中で一休みしてもよかった。
 蚕の容態が思わしくなく手に負えないならば応援を頼んだ方が、急いで戻って出直すよりもずっと早い。
 
 父が運転する車はそれまで順調だったのに、曲がり角の向こうから現れた途端、ブレーキをかけながら、ハンドル操作もしないで一直線に谷へ向かう。
――なぜなのか? 
 翔梧の頭の中を疑問が巡った。

更新日:2016-06-05 13:54:20

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