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君に宛てる一万五千通のラブレター
男女構わず見目のいい者が、具合悪そうにしているという姿は人に心配を与える。
休日の公園で柔らかな光を受けながら、彼は植え込みの石垣に腰掛けてぼんやりと噴水を眺めていた。
(ああ……、乾いているな)
そう思いながらせめて視覚的効果だけでもと思って、スーパーで買った大きめのペットボトルのトマトジュースに口をつける。
座っている脇に置いてあるのはサンドウィッチ。
一見、普通に食事を取っている様にも見えるが、彼の顔色は悪く、目に見えて覇気がない。
甘いのかしょっぱいのか分からないトマトジュースをゴクリと嚥下して、前回に血を吸ったのはいつだっただろうと考えながら、鬱陶しい日の光に長い睫毛を伏せ気味にする。
彼の名前は赤司征十郎。
日本の戦後の高度経済成長で大きくなった赤司家の嫡男で、その血には少々厄介なものが混じっている。
父から聞いた話では、彼の先祖には中世ヨーロッパに人の血を吸って生きたという先祖が、民衆に追われて逃亡して日本にやって来たという化け物の血が混じっていた。
吸血鬼。
有り体に言ってしまえば、先祖の存在はその一言で片付けられる。
先祖が外国人という事もあり、彼の目の色素はやや薄い。
髪の色素も明るい色で、少し赤味がかっている。
先祖が徐々に人間として慣れていって、その血が代を経るにつれて薄まってきた事もあって、征十郎は日の光を浴びても平気だ。
明るい光が少し苦手だという弱点はあるが、それは目の色素が薄いからという事で周囲には認識されている。
以前に興味本位で観た吸血鬼の映画の様に、暗い場所で寝る事も、にんにくが苦手だという事も、十字架が苦手でも、銀が苦手でもないし、鏡にもちゃんと映る。
吸血行為を行わないと生きていけないという訳でもなく、ちゃんと人間の食事を取って栄養とする事をしながら生きているのだが、どうにも味覚だけは少し常人とは違うらしく、人間の友人が美味しいというものを彼は美味しいと感じる事は出来ないでいた。
(ああ……、美味しくないな)
そう思いながら、パクリとハムとレタスの入ったサンドウィッチを一口齧る。
彼も吸血行為をしない訳ではない。
赤司家も含め、日本だけではなく世界中のそういう『厄介な体質』の人間が繋がるネットワークに家が属し、必要最低限の血を得る事は出来る。
最低月に数回は輸血パックに入った血にストローを刺して飲むのだが、それがまぁ不味い。
父はそれを「たまの贅沢」と言って美味そうに飲むのだが、征十郎にはそれすらも分からなかった。
自分は本物の血を飲む事が出来ても、美味しいと思えない。
味覚に関しては障碍者なのではないかと思えるほどに、美味しいという感覚から縁が遠かった。
本当は休日ぐらいは家に一人でいたいのだが、家の者に引きこもりは良くないからと言われて、嫌々公園へとやって来たのだ。
人が大勢いる場所は苦手だ。
嗅覚が鋭敏な彼の鼻に、色んな匂いに混じって色んな血の匂いが忍び込んでくるが、そのどれもが不味い匂いだった。
食べ物は美味しくない。
血も美味しくない。
そんな彼が好むのは、野菜と水やお茶というごくごくシンプルなものばかりになっていた。
生きていてもつまらないと思うが、読書やネットで色んな知識を得るのは好きだ。
映画を観るのも好きだし、色んな音楽を聴くのも好きだ。
ただ、この先こんな事をしながらずっと生きていくのかと思うと、彼にとって自分の将来は決して輝いては見えていなかった。
せめて好きな女性でも出来たら。
そう思うものの、衝動的に付き合うタイプでもない。
大学に入って何度か女性とそういう関係になったものの、香水の匂いや女磨きの為に使われたと思われる様々な香料が彼の鼻を刺激し、具合が悪くなってしまう。
ラブホテルという所まで行く付き合いをした女性もいたが、確かに一緒に肌を合わせたりする事は少しは安心感を得られたり、快楽を伴うものの、それで満たされるという訳ではなかった。
彼がいつまでも乾いているのは、何も美味しいと思えない事と、心から女性を好きになれない事が原因だ。
けれども、それに対して自分が積極的に物事を改善していこうという気力もなかった。
味覚についてはもう諦めているし、女性に関しても無理に好きな人を見つけようとしなくてもいいと思う。
大学の女友達はそのままで、たまに友人がセッティングした合コンで知り合った女性と肌を重ねて、友人が結婚するのを祝福して、自分はこの先一人なのだと思う。
父が結婚を勧めてきても、興味は湧かない。
自分が持つ『血』や『体質』は、自分がこれほど苦しんでいるのだから残すべきではないと思っているし、その血縁故に長寿なので、自分がしっかり赤司家を支えていけばいい話だ。
休日の公園で柔らかな光を受けながら、彼は植え込みの石垣に腰掛けてぼんやりと噴水を眺めていた。
(ああ……、乾いているな)
そう思いながらせめて視覚的効果だけでもと思って、スーパーで買った大きめのペットボトルのトマトジュースに口をつける。
座っている脇に置いてあるのはサンドウィッチ。
一見、普通に食事を取っている様にも見えるが、彼の顔色は悪く、目に見えて覇気がない。
甘いのかしょっぱいのか分からないトマトジュースをゴクリと嚥下して、前回に血を吸ったのはいつだっただろうと考えながら、鬱陶しい日の光に長い睫毛を伏せ気味にする。
彼の名前は赤司征十郎。
日本の戦後の高度経済成長で大きくなった赤司家の嫡男で、その血には少々厄介なものが混じっている。
父から聞いた話では、彼の先祖には中世ヨーロッパに人の血を吸って生きたという先祖が、民衆に追われて逃亡して日本にやって来たという化け物の血が混じっていた。
吸血鬼。
有り体に言ってしまえば、先祖の存在はその一言で片付けられる。
先祖が外国人という事もあり、彼の目の色素はやや薄い。
髪の色素も明るい色で、少し赤味がかっている。
先祖が徐々に人間として慣れていって、その血が代を経るにつれて薄まってきた事もあって、征十郎は日の光を浴びても平気だ。
明るい光が少し苦手だという弱点はあるが、それは目の色素が薄いからという事で周囲には認識されている。
以前に興味本位で観た吸血鬼の映画の様に、暗い場所で寝る事も、にんにくが苦手だという事も、十字架が苦手でも、銀が苦手でもないし、鏡にもちゃんと映る。
吸血行為を行わないと生きていけないという訳でもなく、ちゃんと人間の食事を取って栄養とする事をしながら生きているのだが、どうにも味覚だけは少し常人とは違うらしく、人間の友人が美味しいというものを彼は美味しいと感じる事は出来ないでいた。
(ああ……、美味しくないな)
そう思いながら、パクリとハムとレタスの入ったサンドウィッチを一口齧る。
彼も吸血行為をしない訳ではない。
赤司家も含め、日本だけではなく世界中のそういう『厄介な体質』の人間が繋がるネットワークに家が属し、必要最低限の血を得る事は出来る。
最低月に数回は輸血パックに入った血にストローを刺して飲むのだが、それがまぁ不味い。
父はそれを「たまの贅沢」と言って美味そうに飲むのだが、征十郎にはそれすらも分からなかった。
自分は本物の血を飲む事が出来ても、美味しいと思えない。
味覚に関しては障碍者なのではないかと思えるほどに、美味しいという感覚から縁が遠かった。
本当は休日ぐらいは家に一人でいたいのだが、家の者に引きこもりは良くないからと言われて、嫌々公園へとやって来たのだ。
人が大勢いる場所は苦手だ。
嗅覚が鋭敏な彼の鼻に、色んな匂いに混じって色んな血の匂いが忍び込んでくるが、そのどれもが不味い匂いだった。
食べ物は美味しくない。
血も美味しくない。
そんな彼が好むのは、野菜と水やお茶というごくごくシンプルなものばかりになっていた。
生きていてもつまらないと思うが、読書やネットで色んな知識を得るのは好きだ。
映画を観るのも好きだし、色んな音楽を聴くのも好きだ。
ただ、この先こんな事をしながらずっと生きていくのかと思うと、彼にとって自分の将来は決して輝いては見えていなかった。
せめて好きな女性でも出来たら。
そう思うものの、衝動的に付き合うタイプでもない。
大学に入って何度か女性とそういう関係になったものの、香水の匂いや女磨きの為に使われたと思われる様々な香料が彼の鼻を刺激し、具合が悪くなってしまう。
ラブホテルという所まで行く付き合いをした女性もいたが、確かに一緒に肌を合わせたりする事は少しは安心感を得られたり、快楽を伴うものの、それで満たされるという訳ではなかった。
彼がいつまでも乾いているのは、何も美味しいと思えない事と、心から女性を好きになれない事が原因だ。
けれども、それに対して自分が積極的に物事を改善していこうという気力もなかった。
味覚についてはもう諦めているし、女性に関しても無理に好きな人を見つけようとしなくてもいいと思う。
大学の女友達はそのままで、たまに友人がセッティングした合コンで知り合った女性と肌を重ねて、友人が結婚するのを祝福して、自分はこの先一人なのだと思う。
父が結婚を勧めてきても、興味は湧かない。
自分が持つ『血』や『体質』は、自分がこれほど苦しんでいるのだから残すべきではないと思っているし、その血縁故に長寿なので、自分がしっかり赤司家を支えていけばいい話だ。
更新日:2015-11-08 14:20:28