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恋患い

 眠れない。胸が痛い。息ができない。
 伊勢丹は布団の中で今夜幾度目になるかわからない寝がえりを打つ。
 瞼を閉じれば浮かんでくるのは一週間程前に見た日本橋での光景。抜けるような白い肌に束ねられた絹糸のように細くて光沢のある黒髪。青空の下、舞い散る紅葉の中を色鮮やかな友禅を纏って歩く様は一枚の錦絵の様だった。
「おい、あれ越後屋の看板太夫の三越だぜ」
 後ろの男が連れにそう囁く。
 越後屋―日本橋にある高級遊郭だ。そこの太夫ともなれば一晩10両は下るまい。その三越を連れて隣を歩くのはどこぞのお大尽だろうか?三越の機嫌を取るように何やら熱心に話しかけているが、三越は愛想笑いの一つもせずつまらなさそうにしている。
 大枚はたいてこんなつれない態度をされたら、自尊心の高いお大尽は怒りだしそうなものだが、隣の男は気に触った様子もなく、嬉しそうにしている。
 すれ違いざま、涼やかな三越の瞳が伊勢丹を捉えた。それまでの冷たい表情が一瞬、何か面白いものを見つけたのかふんわりと崩れた。その一瞬の表情が伊勢丹の瞼に焼き付いて離れなかった。

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更新日:2015-11-01 21:35:47

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