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第3章 冬は峻烈

 胸が痛いと言って倒れた真田は救急車で病院に運ばれた。
その場にいた芹歌は、真田の家族に連絡し、救急車に乗り込んだ。
車内にいる間、真田はずっと苦悶の表情を浮かべて痛みに耐えていた。
額には脂汗が滲んでいる。目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。
 どうしてこんなになるまで、気付かなかったのだろう。
演奏が変である事は最初から気付いていた。その原因がどこに
あるのかは分からなかったが、矢張り体調が思わしくなかったのだ。
だから、スケジュールも空いていたのだ。休養する為に帰国
したからだろう。
 この人も、ずっと走り続けてきたんだ。外国の地でたった一人で。
この勝気な人が。きっと、勝気であればあるほど疲労も大きかったのだろう。
 嫌な病気で無ければ良いが。
 そう思いながら、検査室に入った真田を見送って廊下の椅子に座る。
暫くして、真田の母親がやってきた。
「芹歌ちゃん」
 5年ぶりの再会だった。最後に会ったのは父の葬儀の時だ。
真田は来なかったが、彼の両親はお悔やみに来てくれた。
「小母さま……」
「芹歌ちゃん。お久しぶりね。まさか、こんな所で会うとは
思わなかったわ。幸也は一体?」
 芹歌は不安げな顔をしている彼女に、簡潔に状況を告げた。
「そう。胸が……。でも、取り敢えず命に関わる事では無くて
良かったわ」
 真田の母、麻貴江が安堵したように目を伏せた。
「あの小母さま。先輩の体調って、ずっと良く無かったんですか?」
「いいえ。ここ最近は、何か思い悩んでいるような感じだったけど、
体調が悪いって事は無かったと思うわ。隠してたのかも
しれないけれど」
 麻貴江が軽く首を振った。
「あの……、失礼かもしれませんが、ドイツから帰って来た理由って、
小母さまはご存じですか?」
「いいえ。あなたは何か知ってるの?」
 厳しい目を向けられて、芹歌は怯んで首を振った。
「向こうでずっと、上手くやってるんだと思ってた。問題が
あるようなら、伝わってくる筈だし。だから、私達も驚いたのよ。
本人は何も言わないし。あの子は強い子だから、何も心配して
なかったのに……」
 強い子……。その言葉が胸に引っ掛かる。確かに真田は強い
人間のように見える。はたからは。だけど、実際にはどうなんだろう。
 検査が終わり、点滴を付けたまま運ばれてきた。眠っているようだ。

更新日:2015-11-27 08:25:32

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