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小十郎が厳重に人払いをしているのだろう。声はすれど、政宗の自室の周囲に、いっさい人影は無かった。
高い位置から降り注ぐ日光を受け、政宗はひとけの無い廊下をゆく。
はす向かいにある小十郎の自室へとたどり着くと、きっちりと閉じられた障子にそっと手をかけた。
一拍、動きを止めて中の様子をうかがう。物音ひとつ聞こえない室内からは何者の気配も伝わらず、政宗は小さく息を吐くと共に、勢いよくその戸を引いた。
誰もいない……。今しがたまでひっそりとしていたに違いない室内が、政宗によってもたらされた陽の光を受け入れる。
小十郎本人を彷彿とさせる整然とした空間に足を踏み入れ、政宗はすぐさま、後ろ手に障子を閉じた。
トン……、と小さな音が生まれ、外界の賑やかさがほんの少し遠ざかった室内で、ひとり視線を巡らせる。
自身のそれとは違い、手狭に仕切られた襖の手前、やはり床の間にその存在はあった。
小十郎が腰に携える折りと同じく、二本の刀が政宗の目に映る。
色の違う柄をあつらえたそれらへと歩み寄り、政宗はその名の通り、漆黒のひと振りへと手を伸ばした。
呼吸を止め、中程まで鞘を引き抜けば、誓願の文字を宿す白刃が鋭い光を放ち、政宗の隻眼をくらませる。
その瞬間、数羽の鳥が飛び去る激しい羽音が、政宗もろとも室内全体を呑み込んだ。
障子を隔てて流れ着く音の波。そこにまた一種、近づきくる速い足音が重なった。
(来たか……)
刀を鞘へと収め、政宗がピクリと眉を上げた時、立ち止まった足音の主によって、部屋の障子が勢いよく開かれた。
首だけで振り返る政宗の視界に、逆光の中に立つ小十郎の姿が映る。
……予想通りの仏頂面。
心配性の腹心が今、どのような心でいるのか手にとるようにわかる。だからこそ、政宗はただ小さな笑みで小十郎を迎えた。
「政宗様!」
「よぅ」
大股で歩み来るや、政宗へと伸ばされた小十郎の手が、触れる寸前その動きを止める。
体温の代わりによこされる視線と共に、小十郎の静かな声が政宗へと向けられた。
「お身体はまだ、随分と痛みましょう……」
「まぁな」
小十郎の指摘は事実で、はっきりと認めるや、それはよりいっそう存在感を増し、政宗の顔に苦みを広げる。
バツの悪さを悟られぬよう、手にしたままの黒龍へと視線をそらせば、そんな政宗の横顔に変わらぬ小十郎の声が振りかかった。
「何故それを?」
「あぁ……。ちと、気になってな」
そう告げてもなお、完全に納得していない風の小十郎を振り仰ぎ、政宗は口の端に鋭い笑みを乗せた。
「コイツにゃ随分と世話になった……。ま、今回ばかりはな」
礼を告げに来たのだと、何よりもその想いこそ政宗の中で先頭にあるものだったのだが、どうやら小十郎には別の作用が生じたらしい。
見つめる腹心の瞳が細められ、宿る光がにわかに陰る。
もしかしなくとも、陰りの原因は此度の戦で奴が演じた失態の存在。
なんともわかり易い様子に、政宗がたたえる笑みから力を抜いたその時、開け放たれたままの戸口より、ふわりと一筋、あたたかい風が舞い込んだ。
「………………」
「政宗様……?」
背中で感じる空気の流れが、政宗の中で過去と現実を明確にする。
ふと、動きを止めてしまった政宗を呼ぶ小十郎。その存在を全身で感じ、政宗は自嘲の笑みと共に手の中の黒龍へと、今一度感謝の意を向けた。

更新日:2015-09-28 19:30:33

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失うということ 【戦国BASARA二次創作】